ドクターにインタビュー

vol.18

不妊治療の終結について考える

杉本公平 先生(東京慈恵会医科大学産婦人科講師)

杉本公平

【2】 不妊であることは辛いことばかりなのでしょうか?

細川)
杉本先生は、不妊学級では、不妊を経験することは、辛いことばかりではなく、いろいろな意味のあることなのだということも、繰り返し、強調しておられます。
Dr.)
いつも歴史上の女性に登場いただいています。豊臣秀吉の正室である、おね、です。秀吉をよく助け、非常に賢く、人望のある女性であったことが知られています。
細川)
はい。
Dr.)
彼女は子を授かることが出来なかったのですが、多くの子を親戚などからもらいうけて養い育てたそうです。加藤清正や福島正則といった戦国時代を代表する武将を立派に育て上げ、実の母親のように慕われていたといいます。跡取りが重要であった当時のことですから、彼女が不妊であったことの辛さは相当なものだったことは容易に想像できます。
細川)
そうですね。
Dr.)
そんな人格者で人望もあった女性ですから、もしも、彼女に男の子が授かっていたら、豊臣家も安泰だったに違いないという意見がありますが、私は全くの間違いだと考えています(笑)。
細川)
全くの間違いだと?
Dr.)
そうです。それは、不妊経験が彼女の人格形成に大きな影響を及ぼしたと考えられるからです。もしも、なんの苦労もなく子を授かっていたならば、戦国きっての賢妻と言われるような傑出した女性になっていたかどうか、疑問に思っています。
細川)
なるほど。
Dr.)
また、堀田あきお先生の本の中で紹介されている話で、こんな話があります。最近、お子さんを授かって育児中の芸能人が、テレビで、こんなことを話していました。それは、「子育ては親育てだって気づいたんですよ。」、そして、「人間、子どもを産んで育てて初めて一人前になるんですね。」と。
細川)
子どもを産んで、育てて一人前になれると。
Dr.)
もっともらしく聞こえますが、必ずしもそんなことないと思います。子どもを産み、育てないと一人前になれないなんてことは全くありません。
細川)
はい。
Dr.)
そのことを実際に調べた研究報告があります。体外受精が始まったばかりの頃、体外受精で妊娠、出産した女性には母性は育たないというようなことが、まことしやかに言われていたそうです。
細川)
そうなんですか。
Dr.)
そこで、Balenさんという先生が、本当にそうなのかどうか調べたのです。具体的には、自然妊娠で子を産んだ母親と一般不妊治療の母親、体外受精の母親を対象に母性の適正テストを実施したのです。
細川)
はい。
Dr.)
その結果は驚くべくものでした。自然妊娠した母親のグループよりも一般不妊治療や体外受精で妊娠した母親のグループのほうが社会性のあるおおらかで立派な母親になれることがわかったのです。
細川)
なんとも勇気づけられる結果です。
Dr.)
私はこの論文を読んだ時に、ふと、おねのことを思い出しました(笑)。おねがすぐれた女性であったのは、むしろ、不妊という辛い経験をしたからではないか、そう考えるようになりました。
細川)
なるほど。
Dr.)
最終的にお子さんを授かっても、授からなくても、不妊を経験するということは、自分の努力だけではどうにもならないことをいやというほど味わわされるということで、自分の思い通りにならない経験を繰り返すことになります。
細川)
そうですね。
Dr.)
そのことで自分自身の内面に真剣に向き合うことに多くの時間を費やすことが出来るようになり、自分自身と向き合い続けることで人格的に成長できるようになるのではないでしょうか。
細川)
そのことが何にも代え難い価値のある経験になるということですね。

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