食事が妊娠力に密接に関連することは、もはや、言うまでもないことですが、たいていは、「なにを食べるか」に着目しています。ところが、最近、「いつ、どう食べるか」も健康に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきています。
「時間栄養学」という分野の研究によるものです。
そもそも、私たちのからだは「リズム」をもっています。毎朝、決まった時間に起きていると目覚まし時計が要らなくなったり、腹時計なんていうこともあったりして、誰しも、自分の中の「リズム」の存在を感じていることでしょうし、女性であれば毎月のリズムをいやでも知らされているはずです。
そして、そのリズムにあわせて適切に食べることが、からだのリズムを整えたり、栄養の吸収や代謝をよくしたりすることにつながるというのです。
「なにを、どう食べるか」だけでなく、「いつ、どう食べるか」についてもやっぱり、知っておいたほうがいいと思います。
からだに備わった「体内時計」
まずは、私たちのからだに備わった「リズム」について、です。
私たちのからだは1日周期のサーカディアンリズムをはじめ、さまざまなサイクルのリズムをもっています。
このリズムをつくりだしているのが「体内時計」です。
体内時計は、脳の視床下部というところにあると言われています。ここはホルモンの分泌や自律神経の司令塔なので、司令を発する「タイミング」もここでコントロールされているということがわかります。
時計といっても、もちろん、長短の針が回っていたり、デジタル表示がなされているわけではなく、体内時計というのは「時計遺伝子」が発現する時計細胞のことです。
極々、簡単に言ってしまうと、時計細胞の時計遺伝子は6つあって、それらの発現のオンオフのタイミングがリズムをつくりだしているのです。
脳の視床下部にあるのがメインの体内時計、言ってみればグリニッジ天文台みたいなところで、それ以外に全身の細胞にサブの体内時計が存在していて、密接に連動していると考えられています。
この全身に張り巡らされたネットワークが、さまざまな周期のリズムをつくりだし、健康を維持するためのベースになっているというわけです。
当然、体内時計が進んだり、遅れたりして、狂いが生じると、からだの正常な働きに障害が起こるおそれが生じてきます。
そのため、常に体内時計をメンテナンスすることは、健康の維持につながるだけでなく、さまざまな不調の改善にもなり得ます。
そして、その体内時計の精度に強い影響を及ぼすのが「光」と「栄養」です。
光、すなわち、いつ寝て、いつ起きるか、そして、栄養、すなわち、いつ、どう食べるかが、体内時計の精度を左右するのです。
その中でも、栄養、特に「朝食」の影響が大きいと言われています。
時間栄養学からみた「朝食」の大切さ
ここでは、「朝食」は、単に、朝に食べる食事であるということだけでなく、特別な意味や役割があるということを知ってほしいと思います。
繰り返しますが、時計細胞は、脳の視床下部のメイン時計と全身の細胞にあるサブ時計が、密で、繊細、かつ、複雑なネットワークを形成しています。
そして、それは、朝をコントロールする仕組み、昼をコントロールする仕組み、そして、夜をコントロールする仕組みで構成されているのですが、中でも、からだにリズムをつくりだす主役は「朝」の機構と考えられています。
やはり、朝は1日のはじまりで、起点になるということからでしょうか、朝に摂る栄養である「朝食」が体内時計の精度に大きな影響を及ぼします。
そのため、体内時計のメンテナンスは「朝」が鍵になります。
→ 朝食は体内時計をリセットする
1日は24時間ですが、実は、体内時計は1日25時間刻みなのです。そのため、体内時計は、毎日、きちんとリセットしてあげなければ、どんどん、ずれていく宿命にあります。
リセットの方法は、朝起きてから1時間以内に朝食を食べることと光を浴びることです。
朝食は、毎日、決まった時刻に、炭水化物とたんぱく質を食べることで最もリセット効果が高まることが知られています。
消化器官の活動や糖質やアミノ酸の吸収によってそれぞれの臓器の時計遺伝子が発現し、脳のメイン時計に「朝が来た!」と伝えることで体内時計がリセットされるからです。
そのため、同じ朝食でも、パンとコーヒーだけ、サラダだけというより、朝の洋定食や和定食のようにバランスよく食べるほうが、体内時計のリセット効果が高くなり、からだのリズムが整いやすくなります。
→→ 朝食は体温を上げる
体温は朝に最も低くなり、起床後、徐々に上がっていきますが、朝食を食べると「スムーズに」上昇します。
なぜなら、食べて、「熱」が産み出されるからです。
食物を噛んで、飲み込み、消化し、吸収する、といった活発な活動によって、「熱」が産み出されるのです。
そして、この熱の産生量は炭水化物や脂質よりも、たんぱく質を食べた時に最も大きくなります。
そのため、当然と言えば、当然ですが、朝食を食べる人のほうが、また、たんぱく質を含む朝食を食べる人のほうが体温が高くなるのです。
このことは、単に、朝食を食べることによって発生した「熱」のせいだけではありません。
朝食を食べると副腎皮質ホルモンの分泌リズムが整うことも一役買っています。
このホルモンは栄養素の代謝やエネルギー産生、インスリンの働きに深く関与しているからです。
→→→ 朝食時の鉄の吸収力が最も高い
いつ、どう食べるかは栄養素の吸収力にも深く関わっていて、朝は1日で鉄分を吸収する力が最も高いタイミングです。
そもそも、鉄分は良質のたんぱく質やビタミンCと一緒に食べると吸収されやすくなり、卵や納豆に鉄が含まれていますから、それらを朝食に食べるだけで鉄がしっかり摂れるようになります。
朝に鉄分の吸収力が最も高くなるのも体内時計がつくりだすリズムで分泌されるさまざまなホルモンによるものでしょう。
→→→→ 朝食を食べることで1日の食後の血糖値が安定する
朝、昼、夕食と、規則正く食べれば、血糖値はゆるやかに上昇し、ゆるやかに下降し、1日を通して安定します。
ところが、朝食を食べなければ、昼食を食べる前に血糖値が下がりすぎ、その反動で昼食後と夕食後には急上昇します。
からだが飢餓状態になり、それを補おうと、糖質が、速やかに、かつ、大量に吸収されるようになるからです。
当然、血糖値の急上昇に引き続き、インスリンも大量に分泌され、膵臓を疲弊させることになります。
その後、インスリンが効きにくくなり、高血糖状態が続くと、卵の質を悪くしたり、ひいては、卵巣の働きが低下してしまうことになってしまいかねません。
反対に朝食をしっかり食べ、夕食を軽くすると、食後血糖値の上昇がゆるやかになります。
実際に、そのことで、PCOSの女性の卵巣の働きが改善され、排卵率が向上したとの研究報告もあります。
朝食と妊娠力
女性にとって、からだのリズムは妊娠する力を陰で支える「縁の下の力もち」的存在です。
卵子の成熟や着床に適した子宮内膜をつくることも、すべて、適切な「タイミング」で生殖ホルモンが分泌されることで可能になるからです。
そして、そのリズムをつくりだしているのが体内時計なのです。
そして、体温の正常な上昇は体内のあらゆる代謝や免疫システムを正常に維持するために大切な要件です。
また、鉄は卵子の正常な発育に必須で、妊娠、出産に不可欠な栄養素です。
さらに、卵巣周辺の高血糖は卵子にダメージを与え、卵巣の働きを悪くしてしまいます。
毎朝、決まった時刻に、こころのこもった朝食を美味しくいただくことは、妊娠する力に深く関連していることがおわかりいただけましたでしょうか?
時間栄養学からみた理想的な朝食とは?
既に、繰り返し書いていますが、朝食だからと言って、簡単に済ませるのは合理的ではありません。
朝食は、毎朝、起きてから1時間以内に決まった時刻にバランスよくいただく!
これが基本です。
パンやご飯などの炭水化物、オリーブオイルや亜麻仁油などの良質のオイルで味つけられたビタミン、ミネラルたっぷりな新鮮な野菜、それと、果物。鉄分と良質なたんぱく質の卵や納豆、肉、魚。もちろん、牛乳やヨーグルトなどの乳製品も。
最後に
なにをするにしても「リズム」はとても大切です。リズムは物事に成果に大きく影響することは誰しも理解できるところです。体内時計をリセットしてからだのリズムを整え、そして、恩恵を受ける「朝食」はとても大切です。
朝食を食べなかったり、簡単に済ませたりしまうのは、とてももったいないことだと思います。特に、健康なお子さんを望み、妊娠、出産に臨む女性にとってはとても大きいものがあります。
ただし、食生活は、それぞれの家や個人の文化を反映するものです。
その役割や影響には個人差もあり、こうしなければいけないという正解はないとも思っています。また、どうしても朝食は食べられない、食べたくないという方もいらっしゃることでしょう。そんな方々は、無理する必要など、全くないと思います。それぞれにふさわしい食べ方があるはずです。
この特集が、体内時計と時間栄養学についての正しい知識を得て、よりよい食べ方を考えるきっかけになれればとても嬉しいです。