母親になる女性の年齢と不妊原因の関係を調査した研究があります(※)。
それによりますと、年齢が高くなればなるほど、原因不明の割合が増えるとのこと。
つまり、女性が20代や30代前半の不妊症は、どちらかというと、たとえば、排卵しづらいとか、卵管が通りにくい等の理由で妊娠が妨げられているケースが多く、30代後半や40代の不妊症は、明確な原因がないのにもかかわらず、なかなか妊娠しないケースが多いということ。
別の観点で言うと、年齢が高くなればなるほど、卵子の老化によって、妊娠するまでに時間がかかるようになるということでしょう。
また、不妊治療という観点からは、女性の年齢が若ければ、若いほど、不妊治療の効果が高いと言えます。
つまり、排卵しづらければ、排卵誘発剤が、卵管が通りにくければ、卵管を通す手術や体外受精が、それぞれ、決定的に妊娠の確率を高めてくれます。
ところが、卵子の老化に対しての決定的な治療法は、現時点では、存在しません。
つまり、悲しいかな、それほどの治療効果は期待できないというわけです。
女性のカラダのメカニズムという観点から
なぜそうなってしまうのかと言いますと、異常なことでも、ましてや、病気でもなんでもなくて、女性の生殖機能はそのようなメカニズムに支配されているということ。
女性は、常に卵子をつくり続けているわけではなくて、生まれた時点で、全ての卵子の元の細胞が、既に、卵巣にあって、その後は、減っていく一方です。
つまり、女性が年をとればとるほど、卵子も一緒に年をとり、それだけでなく、数も減っていくのです。
どれくらいの減り方かと言いますと、女性が生まれた時点で卵巣にあるのが約700万個、思春期で約30万個、37歳で約2万5千個と推測されていて、そして、閉経をもってゼロになってしまうわけです。
妊娠率を左右するのは、排卵される卵子の"数"と"質"です。
ですから、年齢とともに、卵子の数が少なくなり、染色体に異常のある卵子が増えてくることによって、高齢になればなるほど、妊娠するだけの力を備えた卵子と出会う(排卵されてくる)頻度が、少なくなることが、年とともに妊娠するまでに時間がかかるようになる根本原因なのです。
ポイントは残された卵子をいかに大切にするか
ここで確認しておきたいことは、一つには、卵巣に存在する卵子の数を増やすことはできないということ、もう一つは、卵巣に存在する染色体異常のある卵子を、異常のない卵子に治療することはできないということです。
よく「卵子の質を高める」には、どうすればよいのかとのご相談を受けますが、卵巣に存在する卵子の数や質を高めることなど不可能なのです。
ですから、妊娠の確率を最大にするためには、"現時点で卵巣に残された卵子をいかに大切にするか"が、現実的なポイントになるわけです。
つまり、卵巣内にある卵子の元になる細胞は、3周期かけて、生殖ホルモンの命令によって発育、成熟するわけで、その際に質のよい卵子に育ってくれる環境をつくること、
そして、それと同時に、質のよい卵子に発育することを阻害する要因を排除するということです。
さらに、付け加えるとすれば、卵巣内の染色体異常のない卵子が選ばれて成熟、排卵した機会に、タイミングよくセックスすること、もしくは、AIHやIVFなどの治療を受けることですが、でも、これは、ほとんど"運まかせ"です。
前置きが長くなりましたが、質のよい卵子に成熟してくれる環境をつくること、そして、質のよい卵子に発育することを阻害要因を排除すること、これを薬剤やホルモン投与ではなく、セルフケアで体内環境を改善することで達成しようというのが、これが本日のテーマ、"体質改善計画"の目的です。
質のよい卵子を育むために
卵子の元の細胞は、ホルモンの刺激を受けて、3周期かかって、発育し、成熟します。当然、質のよい卵子が育つ体内環境をつくるのも、最低3ヶ月必要になります。
ですから、90日間体質改善計画なのです。
それでは、体質を改善するためのポイントを挙げていきます。
◎質のよい卵子に成熟してくれる環境をつくるために出来ること
・卵巣への血流量を増やす
卵の元の細胞は、生殖ホルモンとの交信によって、正常に発育、成熟するようになります。
そして、生殖ホルモンを生殖細胞に供給するのは血液の流れです。
また、発育や成熟に必要とされるさまざまな栄養素を供給し、代謝によって生じた老廃物を排泄するのも、また、血液の流れです。
つまり、卵巣への血流が卵巣内の血流が滞ることは、卵の正常な発育や成熟を阻害しかねないということです。
その証拠に、卵胞周囲の血管の血流量が多いほど、発育する卵胞の数が多く、血流が悪いと発育卵胞数が少ないことが確かめれています。
・過不足のない基礎栄養素
卵子の元の細胞が質のよい卵子に育つためには、絶対に必要な栄養素があります。それらの栄養素のどれか一つでも不足すると、卵の発育が阻害されてしまいます。
卵の生育に不可欠な栄養素とは、5大栄養素と呼ばれている、たんぱく質、糖質、脂質、そして、ビタミンとミネラルです。
5大栄養素がバランスよく摂れていることです。
その証拠に、卵胞液中の栄養成分の組成が、発育する卵胞数の質に影響することが確かめられています。
・生殖細胞の呼吸装置「ミトコンドリア」の働き
生殖細胞が発育するには、活発な新陳代謝が絶対条件です。
細胞内で、栄養素からエネルギーを産生しているのは、「ミトコンドリア」とよばれる細胞内器官です。
このため、このミトコンドリアの数が多く、活動が活発な卵の元になる細胞ほど、質のよい卵子に発育、成熟します。
卵子の健全な発育を阻害する可能性のある要因を排除する
せっかく、諸条件が整い、発育し始めても、その発育を抑制したり、阻害してしまう要因があれば、質のよい卵子に成熟することは叶いません。
その最も大きな要因と考えられているのは、活性酸素などのフリーラジカルです。
細胞内でエネルギーを産生するのに伴い、活性酸素が発生しますが、私たちに備わった抗酸化酵素や抗酸化物質が、その害を消去してくれています。
ところが、年齢とともに、あるいは、生活習慣などで、抗酸化力が低下してしまうと、活性酸素の攻撃によって、大切なDNAが損傷してしまうと、卵子の質は大きく低下してしまいます。
90日間体質改善計画
それでは、体質改善のための具体策です。
●ウォーキングなどの緩やかな有酸素運動やストレッチ
まずは、血流をよくするためには、適度に身体を動かすことが基本になります。
そのためには、激しいトレーニングではなく、ウォーキングなどの穏やかな有酸素運動がベストです。
目安は1日40~60分程度です。
また、ストレッチで柔軟性を高めましょう。歪みは血流を滞らせてしまいかねません。
さらに、運動することで、卵子の質を左右するとされる、"ミトコンドリア"の量が増えることも分かっています。
血流を良くすることは、同時に、子宮内膜の着床環境をも向上させることになるでしょう。
このように、日常的に適度に身体を動かすことは、とっても効果的なのです。
●バランスのよい食生活
新鮮な食材を自ら調理し、そして、バランスよく食べることです。5大栄養素を過不足なく摂ることがすべての基本です。
また、野菜や果物に含まれるビタミンやミネラル、植物性生理活性成分は、抗酸化作用を高めます。
たとえ、サプリメントで補充しても、サプリメントで補充が不可能な栄養成分は無数に存在します。
ですから、バランスよく食べることは絶対条件です。
●早寝早起き、そして、規則正しい生活リズム
睡眠の主な目的は「休息」と「修復」です。
睡眠が不足したり、リズムが崩れると、発育途上の卵子を守ったり、細胞の損傷を修復から修復することに支障が出てしまいます。
卵胞液中の睡眠ホルモン「メラトニン」の量が、正常な値からはずれると、発育する卵胞の数や質が低下することが確かめられています。
●ストレスマネージメント
長期間、強いストレス下にあると、血管を収縮させ、血流が悪くなったり、活性酸素の量を増やしたりして、質のよい卵子の発育、成熟を阻害してしまいかねません。
ストレスをなくするのではなく、ストレスからマイナスの影響を受けないような付き合い方が大切です。
●必要不可欠な栄養素の補充
あくまで、バランスのよい食生活を心がけた上で、現代の食を考えると、昔とは異なる意味の栄養失調を予防するために、サプリメントを使うことも意味があります。
その際に補充すべきは、卵子の発育、成熟に絶対不可欠な栄養素である、ビタミンとミネラルです。
適切な配合量とバランスのマルチビタミンミネラルです。
また、より抗酸化作用を高めるために、さらに、年齢とともに減少するとされている、ミトコンドリア内で働く栄養成分を補充するために、コエンザイムQ10、L-カルニチン、アルファリポ酸を補充します。
まとめ
自然妊娠による妊娠率も、体外受精による妊娠率も、年齢が高くなるに伴って、同じ角度で低下していきます。
ところが、諸外国では一般的な、「若い女性から卵子の提供を受けた」体外受精では、卵子の提供を受けた女性の年齢が、20代でも、30代でも、40代でも、50代でも、妊娠率は全く変わりません。
このことは、妊娠の成立に最も重要な因子は、"卵子の若さ"であること、また、卵子の老化は、高度な生殖医療でも治療できないことを、如実に物語っています。
体外受精では、この領域で実施していることは、採卵する卵の数を増やすことで、質のよい卵と出会う確率を高めることです。
ただ、卵子の年齢は、戸籍上の年齢とリンクしません。
個人差があるということです。
そして、その差を生み出すたくさんの因子のなかで、どんなふうに生活するかも深く、深く、かかわっているのです。
であればこそ、不妊治療を受けていても、受けていなくても、卵巣にある、卵の元の細胞を大切にして、質のよい卵子に育ってくれるように取り組むことです。
そうです、卵を大切にすること、それは、自分の身体や時間を大切にすることであり、そして、そのことは、命を大切にするという世界観を持つことに、他なりません。
それ以外に私たちに出来ることと言えば、ただ、ひたすら、"巡り合うのを待つ"ということだけだと思います。
卵子の老化は、そのスピードには個人差はあるののの、悲しいかな、"そうなっていること"で、私たちには、それに抗う術は持ち合わせていないようです。
ただ、それは、辛く、悲しいことかもしれませんが、生命にとって、"そうなっていること"は、私たちを"守ってくれていること"でもあるに違いありません。
すべては、私たちが、そのことをどう受け止めるかに、委ねられているように思えてなりません。
そして、すべての方の素晴らしい巡りあわせを、願わずにはいられません。
[文献]
※) Human Reproduction 2008 Vol.23(3)538-542
Effect of female age on the diagnostic categories of infertility