妊娠すると、胎児へ鉄を供給する必要があるだけでなく、母体の血液量が増えることで血液の濃度が薄くなるため、鉄の必要量が増加します。日本の「食事摂取基準(2025年版)」では、鉄の摂取量の付加量として、妊娠初期は1日2.5mg、中期および後期は1日8.5mgが推奨されています。
妊娠中に鉄が不足すると、母体の症状だけでなく胎児の発育や、産後うつとの関連も指摘されており、鉄欠乏がある場合には鉄補充が推奨されています。しかし、鉄が十分な状態にある妊婦に対して一律に鉄を補充することの有用性については、十分なエビデンスがありませんでした。
そこでデンマーク・コペンハーゲン大学病院産婦人科の研究グループは、鉄欠乏や貧血のない妊婦に対する鉄サプリメントの有益性や安全性を評価するため、今まで行われた研究の結果をまとめ、解析しました。
2022年9月までに行われた8件の研究(対象は合計2,822人の妊婦)が抽出され、評価項目として、母体側では貧血、鉄欠乏、鉄欠乏性貧血、ヘモグロビン値、フェリチン値などが検討されました。新生児側では、出生体重、早産、低出生体重、在胎不当過小(SGA)、在胎週数などが評価され、副作用も検討されました。
すべての研究で鉄の補充は妊娠20週までに開始されており、鉄の摂取量は1日30〜200mgの範囲でした。
解析の結果、妊娠中に毎日鉄を補充した群では、補充を行わなかった群と比較して、正期産時の鉄欠乏性貧血の発症リスクが低下する可能性が示されました。また、低出生体重児の発生率も低下していました。具体的には、鉄を補充した群では、鉄欠乏性貧血になるリスクが約49%低く、低出生体重児のリスクが約70%低いことがわかりました。
さらに、分娩時の鉄欠乏の発生率やSGA児の発生率についても減少する可能性が示唆されました。
一方で、早産や出生体重などについては明確な差は認められませんでした。副作用については、吐き気や便秘などの消化器症状のリスクに統計学的な差は認められませんでしたが、対象となる研究数が少なく、研究間のばらつきも大きいため、評価には限界があるとされています。
コメント
今回の研究では、妊娠初期に鉄が十分な状態であっても、妊娠経過の中で鉄欠乏が生じる妊婦が少なくないことも示唆されています。実際に分娩時には、鉄補充を行わなかった群では約67%、鉄補充を行った群でも約49%の妊婦に鉄欠乏が認められていました。つまり、妊娠初期に鉄が十分であっても、妊娠の進行とともに鉄が不足してくる可能性があることがわかります。
妊娠中の鉄欠乏性貧血を治療すべきであることは明白ですが、鉄が正常な妊娠中の女性が予防的に鉄剤を使用すべきかどうかについては、現在も明確な結論は出ていません。2024年のコクランレビューでも、妊娠中の鉄補充は分娩時の鉄欠乏症や鉄欠乏性貧血の発症率を低下させるものの、母体や新生児の臨床転帰への影響については明確ではないと結論づけられています。
今回のレビューでも鉄補充による明らかな有害性は示されませんでしたが、鉄過剰のリスクについては十分に評価されていません。そのため、鉄が正常な妊娠中の女性が、一律に鉄剤を使用するべきであるという結論には至っていません。
妊娠中は鉄の必要量が大きく変化するため、やはり個々人の状態に応じて補充することが重要と考えられます。フェリチン値などを測定し、その結果をもとに適切な量の鉄を補充していくことが、妊娠中の望ましい方法と言えるでしょう。












