水銀が妊娠、出産に及ぼす影響について考える

2015年02月08日

水銀やカドミウム、ヒ素、鉛などの有害な重金属は女性や男性の生殖機能に影響を及ぼす可能性があるとの研究報告があります。

それらは知らず知らずのうちに私たちの体内に取り込まれることから、漠然とした不安を抱いてしまいがちです。特に、水銀(メチル水銀)は魚に含まれていて、妊婦にとってはおなかの赤ちゃんにも影響を及ぼすかもしれないと聞くと、なおさらのことです。

そこで、今月は「水銀の妊娠する力や赤ちゃんへの影響について」まとめてみました。

注意すべきは魚からのメチル水銀

水銀には大きく金属水銀、無機水銀、有機水銀(メチル水銀)の3つの形態にわけられ、自然環境中ではこれらの間で互いに変化しています。この中で日常生活で身体に取り込む可能性が大きいのは魚からのメチル水銀です。

それは、海中にわずかに溶けている無機水銀の一部が水中の特殊な細菌の働きによってメチル水銀に変わり、それが生態系の食物連鎖によって魚介類などの生き物に蓄積するからです。そのため、小さくて、草食の魚よりも、大きな肉食の魚のほうがメチル水銀の濃度が高くなります。

そして、私たちが魚を食べると、微量ですがメチル水銀が身体に入ってくるというわけです。

神経系が発育中のおなかの赤ちゃんに影響を与える可能性

体内に取り込まれたメチル水銀はアミノ酸の一種であるシステインと結合し、別のアミノ酸であるメチオニンとよく似た構造になり、消化管から吸収されます。

通常、脳や胎児は体内に入り込んだ有害物質から守られるように脳の入り口や胎盤を通過させないようになっているのですが、メチオニンは重要な必須アミノ酸で、脳や胎児に欠かせないので、システインと結合したメチル水銀もメチオニンと間違って簡単に通してしまうのです。

そのため過剰なメチル水銀を摂ると水俣病のような神経系の障害が発症してしまうことになるのです。

一方、胎児にはメチル水銀を排泄できないので、母親よりの血中濃度よりも高くなり、神経系が発育途上であるため、その影響を受けやすくなり、その濃度によっては言語力や注意力などの低下としてあらわれるおそれがあるというわけです。

ただし、出生後はすでに神経系は出来上がっていますので心配する必要はありません。また,メチル水銀は母乳中には出にくいことがわかっていますので、授乳中も心配はありません。注意が必要なのは神経系が発育途上にある胎児です。

メチル水銀と妊娠する力(体外受精の治療成績)の関係

まずは、メチル水銀と体外受精の治療成績の関係を調べた研究報告がいくつかあります。

メチル水銀濃度は血中濃度を調べているものもありますが、多くは毛髪の濃度を測定しています。髪の毛や爪をつくっておるたんぱく質にもシステインが多く含まれるためメチル水銀は髪の毛に出てくるからです。

ハーバード公衆衛生大学院が関連病院のマサチューセッツ総合病院で実施している臨床試験が水銀と体外受精の治療成績への影響について象徴するような研究報告のように思います。それは、体外受精を受けている女性を対象に、毛髪水銀濃度と治療成績の関係を調べたもので、2004年の12月にスタートし、現在です。

2010年に1回目の報告がなされ、次に2011年、そして、2015年、つい最近、3回目の結果が報告されました。1回目の被験者数は120名の170周期を対象としたもので、毛髪水銀の濃度が高い女性ほど胚盤胞到達率が高かったという結果でした。予期せぬ結果でした。

また、2回目は195名の271周期になり、今度は水銀濃度が高い女性ほど受精率が低かったという結果で、1回目と相反するものでした。そして、3回目は205名の229周期で、水銀濃度と治療成績には関連性が見られなかったというものでした。

要は、同じ試験であるにもかかわらず、対象者と周期数が増えていく度に、異なる結果が出たわけです。

研究チームはオメガ3脂肪酸の影響を指摘しています。この試験では同時に魚の摂取状況についても調べていて、毎回、魚の摂取量が多い女性ほど毛髪水銀濃度が高かったことを確かめています。

オメガ3脂肪酸は妊娠、出産に必須な脂肪酸で、胚の正常な発育に欠かせない働きを担っていることが知られていて、オメガ3脂肪酸をよく摂り、また、オメガ6脂肪酸に対するオメガ3脂肪酸の比率が高いほど、胚の発育が良好であるとの報告がなされています。

要するに有害なメチル水銀の摂取源である魚には「同時に」大切なオメガ3脂肪酸も豊富に含まれているということになり、そのために被験者数が多くなる度に異なる結果が出たのではないかというわけです。

メチル水銀と赤ちゃんの健康の関係

実は妊婦の水銀濃度と赤ちゃんの発育との関係も同じようなことが言えるのです。

こちらは、妊婦の食事由来の低濃度メチル水銀がその後の子の発育に与える影響を調べた調査研究として、デンマーク領フェロー諸島前向き研究とセイシェル小児発達研究があります。魚を比較的よく食べる地域の妊婦を対象に長期間に渡って子どもへの影響を調べているのですが、例によって、相反する結果が出たことから大きな論争を巻き起こしたことが知られています。

セイシェル小児発達研究の最新の報告では、水銀濃度と子の神経発達に直接の関連は見られなかったものの、オメガ3脂肪酸の濃度が高かったグループの母親は水銀濃度も高かったにもかかわらず、子の運動発達指標が高かったことがわかったというのです。

ただし、多価不飽和脂肪酸であるオメガ6系脂肪酸とオメガ3系脂肪酸の比率が高かった母親の子どもだけは、水銀の濃度が高くなるほど運動発達指標が低くなる傾向が見られたこともわかったとのこと。

胎児の発育への影響も同様に、メチル水銀は胎児の神経系の発育のはマイナスの影響を及ぼすものの、同時に摂取するオメガ3脂肪酸は胎児の神経系の発育に必須の脂肪酸であるので、魚をよく食べて、水銀濃度の高い女性の子どもには、時としてマイナスの影響が出ることがあり、時としてプラスの影響が出ることもあるというわけです。

なにをどう注意すべきなのか

研究報告の結果だけを見ているとよくわからないという印象を持ってしまうかもしれませんが、メチル水銀は妊娠や胎児の発育には有害であり、オメガ3脂肪酸は妊娠や胎児の発育には欠かせない栄養素であることは間違いありません。

そのため、水銀が含まれているからといって、魚を全く食べないということは得策ではありません。知っておかなければならないのは全ての魚に同じように水銀が含まれているわけではありません。海中の生態系の食物連鎖によって蓄積するわけですから、食物連鎖の上位にいる魚ほど多くの水銀が蓄積することになります。

厚生労働省は以下の通りです。

+)注意が必要な魚(1週間に刺身1人前、切身1切れ以内に)
キンメダイ、ツチクジラ、メカジキ、クロマグロ(本マグロ)、メバチ(メバチマグロ)、エッチュウバイガイ、マッコウクジラ

+)注意が必要な魚(1週間に刺身半人前、切身2分の1切れ以内に)
キダイ、マカジキ、ユメカサゴ、ミナミマグロ(インドマグロ)、ヨシキリザメ、イシイルカ、クロムツ

○)特に注意が必要でない魚
キハダ、ビンナガ、メジマグロ、ツナ缶、サケ、アジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、カツオなど

マグロなどは1〜2週間に1回以下にしたほうが無難ですが、サケやアジ、サバ、イワシ、サンマ、タイ、ブリ、カツオなどのポピュラーな魚は心配せ
ずに、食べても大丈夫なようです。むしろ、積極的に食べるべきです。

なにをどう注意すべきなのか

有害な物質は水銀だけではありません。また、私たちの身体にどのように取り込まれるのか、完全に把握し、取らないようにすることは困難です。であれば、排泄力を高めるほうが現実的です。有害な重金属の排泄経路は、だいたい、呼気、尿、便、汗などです。

ですから、複式呼吸など、深く、ゆっくりとした呼吸を習慣化すること、有酸素運動で汗をかくことを習慣化すること、食物繊維や乳酸菌などで腸内環境を整え、快便を習慣化することで、排泄力は高まるはずです。

端的に言えば、バランスのよい食生活や適度な運動、適度な休息という、至極あたりまえな生活習慣を通して、生活の質を高めることが大切だという結論になるというわけです。

・厚生労働省「これからママになるあなたへお魚について知っておいてほしいこと」