活力あふれる精子を育むカラダづくりとは?

2008年06月15日

it takes two to tango ~ 一人でダンスを踊っていませんか?

英語でよく使われる言い回しですが、直訳すれば、「タンゴは二人で踊るもの」になりますが、「相手が必要」、「1人じゃ無理」という意味になります。

子作りも同じこと。フィフティフィフティです。妊娠の成立から出産に至るまで、そのプロセスは女性の体の中で進行するものです。このことが、妊娠しやすいカラダづくりとは、女性だけが取り組むべきものと誤解させてしまうのかもしれません。ところが、妊娠が成立するために最も大切な要件はと言えば、生命力の強い受精卵を得ることです。そして、生命力の強い受精卵は、力強い精子と質のよい卵子が出会うことで誕生するわけです。いくら、質のよい卵子が排卵されても、精子にそこに到達するまで泳ぎ切る力がなかったり、やっと卵子と出会えたとしても、卵子の表面を覆う膜を突き破って侵入するだけの力がなければ、受精は叶いません。

繰り返します。質のよい卵子、そして、活力に満ちた精子、どちらも、同じくらい、妊娠成立には不可欠なのです。女性にとっての"妊娠しやすいカラダづくり"同様、男性にとっての"妊娠させやすいカラダづくり"、すなわち、"元気な精子を育むカラダづくり"が大切です。

なぜ精子の健康が大切なのか?

活力に満ちた精子とは言いましたが、実際のところ、活力に満ちた精子の定義は、それほど簡単なことではありません。たとえば、精液検査で全ての数値が基準を大きく上回っているのに、受精が成立しないことがあります。要するに"数値"だけでは、妊娠させる力を測ることはできないというわけです。このことは、男性不妊でなくても、お子さんを望まれるのであれば、"元気な精子を育むカラダづくり"が重要であることを物語っています。受精が成立する際に、精子が果たす役割を知ると、精子のトータルの健康がいかに大切か理解いただけると思います。

私たち人間の精子の大きさはどれくらいかご存じでしょうか?長さが約50マイクロメートル(※1)、つまり、20分の1ミリメートルです。もちろん、顕微鏡でないと見えません。それが、排卵された卵子を目指して、ひたすら、子宮、そして、卵管を泳いでいくわけですが、子宮の長さが7センチ、卵管の長さが10センチくらいとして、だいたい17センチの長旅になるのです。精子の運動速度は、秒速35~50マイクロメートル、すなわち、時速で1.2~1.8センチメートル!と言われていますから、卵子と出会う卵管の先端部まで、最短を直進したと仮定しても、10時間以上かかる計算になります。

想像できますでしょうか?

まず、泳く速さですがはとんでもなく高速です。1秒に進む距離の体長比率で比較すると、次々と世界記録を樹立したイアンソープ選手の2倍弱なのです!

そして、エネルギーも凄い量です。

なにせ、卵子に出会うまでの最低でも10時間、短距離の世界記録保持者のスピードの2倍弱で泳ぎ続けるんですから!そのエネルギー量を、人間にあてはめると、なんと!大西洋を横断するくらいになるとの研究報告(※2)があります。

あくまで、卵子と出会うまでのエネルギーです。そこから、受精という本番の仕事が待っているのですから大変です。

精子の健康に影響を及ぼすモノやコト

"本番"までの運動量は、並大抵なものではないことが、お分かりいただけたかと思います。なにせ、何千、何億匹いても、卵子がいるところまで到達できる精子は数百匹なんです。過酷なサバイバルゲームなのですね。

さて、それにもかかわらず、です。精子は、いろいろなモノから攻撃を受けているというのです。次に、知って欲しいのは、精子は、とてもデリケートで、ちょっとした影響を受けやすい存在なのだということです。これって、男性不妊とか、異常とかいうお話しではないんです。つまり、男性であれば、誰だってそうなんだということなのですね。男性の精液中には、正常な形の精子ばかりでなく、さまざまな奇形精子がみられるといいます(※3)。例えば、頭部が巨大なものや小さいもの、形が定まらないものや双頭(頭が二つある)のもの、尾っぽが2本あるものや曲がっているもの、全体的に未熟なものなどです。そして、その割合は10~40%、あるいは、それ以上にもなり、野生動物における奇形率が1~2%といわれているのに比べて、異常に高くなっているというのです。もちろん、このような奇形精子のほとんどは、受精能力がないと考えられています。

ここからが大切なところです。人間では、ストレスと陰嚢(タマタマです)の温度が高くなると、受精能力の低い精子が増えるというのです。そして、最近では環境ホルモンの影響を指摘する専門家もいます。最新ニュースで紹介していますが、精液の採取(マスターベーション)を病院でするか、自宅でするかで、精液の質が大きく変わることは、 ストレスが、精液の質に、大きな影響を及ぼすことを物語っています。

さて、これまでの研究報告で指摘されている、精子の受精能力に影響を及ぼすモノやコトを以下に列挙していきます。

精子の受精能力に影響を及ぼすモノやコト

  • 喫煙
  • 過度の飲酒
  • 過度の射精(週に8回以上)
  • 体重(肥満度)
  • 下半身を締め付ける下着/熱い風呂に長く入る/電気毛布等の暖房器具
  • ストレス
  • バランスの悪い食生活
  • 活性酸素

いかがでしょうか?どれもこれも通常の生活習慣です。繰り返します。男性不妊かどうかという問題ではありません。男性の精液の質は、日常の生活習慣やストレスによって、日々、時々、大きく変動をしているものなのです。元気な精子を育むカラダづくりの大切さを、ご理解いただけましたでしょうか?

元気な精子を育むためのカラダをつくるための実践法

いよいよ、具体的な取り組み方です。その前に、是非とも知っておいて欲しいことがあります。それは、精子と卵子の育まれる背景の違いのことです。卵子は生まれた時、つまり、新生児の時点で、将来、初潮が始まってから排卵し続ける卵子が、すべて出来上がっているのに対し、精子は思春期以降に作られ始めるということです。言いかえると、卵子は一緒に年をとっていくのですが、精子は、常に、新しく作られるのです。ですから、"カラダづくり"という観点から言えば、その効果は、精子のほうが、より直接的で、より単純であるということが言えるかもしれません。ヒトの場合は、精子に育つ細胞から精子になるまで約74日、それから貯蔵場所まで移動するのに約14日かかります。要するに、今日、射精された精子は、3ケ月かかってつくられたということです。ですから、カラダづくりもすぐに効果があらわれるわけではなく、3ケ月を最低ラインの目安として、継続することがポイントになります。

【有害物質対策】

悪いとされているものは極力遠ざけるに越したことはありませんね。そのことがストレスになるのであれば、逆効果になりかねないことも、認識しておくことが大切なことかもしれません。

◎ニコチン → 健康のためにも禁煙するに越したことはありません。

◎アルコール → 適度な飲酒を楽しみましょう。

◎化学溶媒、農薬 → 仕事で扱う方は要注意です。

◎薬 → 常用されている薬があれば医師に確認しましょう。

【下半身の高温対策】

こう丸(タマタマです)は、身体の外にぶら下がっています。これは、体温による影響を出来るだけ受けないためです。精子をつくるのにいろいろな酵素が働きます。酵素はたんぱく質から出来ていて働くのに最適な温度があります。体内で働く酵素は体温である37℃付近が最適温度なのですが、精子をつくる酵素は、それよりも低い34℃付近が最適温度とされています。そのため、こう丸が高温にさらされると、精子をつくる酵素の働きが悪くなるのです。これが、精子は熱に弱いとされるゆえんです。とにかく、下半身を開放することです。

◎下着 → 風通しのよいゆったりしたタイプを着用する。

◎風呂 → 熱い風呂や長風呂は禁物です。

◎暖房器具 → 電気毛布など直接下半身を温める暖房器具は避けます。

【活性酸素対策】

活性酸素は、生殖細胞を、日々、常々、攻撃しています。人間の体内には活性酸素を瞬時に消去するシステムが備わっていますが、食生活や生活習慣、ストレスによって、活性酸素を消去する力(抗酸化力)以上の活性酸素が発生することで、精子が攻撃にさらされ、活力を奪われます。

具体的には、精子の頭部を攻撃する活性酸素は、精子の受精能力を低下させてしまい、また、DNAを破壊し、染色体異常を発生させてしまいます。

そして、精子の胴体や尾っぽを攻撃する活性酸素は、精子が卵子に到達するまで泳ぎ切る運動能力を低下させてしまいます。

◎バランスのよい食生活 → 抗酸化物質の豊富な野菜や果物、海藻を。

◎抗酸化サプリメント → 抗酸化物質を効果的に補います(※4)

【ストレス対策】

最も大切な対策かもしれません。とにかく、ストレスを避ける、ストレスを発散する、ストレスに強くなる、いずれも大切なことです。

◎適度な運動 → 最も効果的なストレス対策です。

◎リラクゼーション → 呼吸法や瞑想、気功、ヨガなど。

最適なストレス対策は、個人によっても異なることから、それぞれに工夫して取り組むことが大切です。

それぞれの生活に合わせた工夫を

精子は、日常のさまざまな生活習慣に簡単に影響を受けてしまいます。いずれの生活習慣も仕事や生活環境に密着していることから、それぞれの状況に応じた工夫が必要かと思います。このことは、精液検査の結果にかかわらず、つまり、男性不妊であるかどうかにかかわらず、また、不妊治療を受けているいないにかかわらず、お子さんを望まれるすべての男性が実行すべきことであることです。

現代は、健全なメンタルとフィジカルは、自身の工夫と努力が伴わないと手に入らない時代なのかもしれません。もしも、そうであれば、現代の生活から受けざるさまざまな攻撃から、精子を守ってやることも必要なことでしょう。

ご参考までに

男性の精子の健康のために、抗酸化サプリメントが有効であるとの研究報告が増えています。つまり、活性酸素が精子の質に深く関わっていることが、次第に、明らかになってきたということです。

オーストラリアのアデレード大学のDr.Keoton Tremellenらは、体外受精を受けているカップルを対象とした試験で、治療実施の3ケ月前から男性に抗酸化サプリメントを摂取させたほうが、治療成績が向上することを確かめたと報告しています(※5)。野菜や果物が豊富でバランスのとれた食生活を心がけるとともに、抗酸化サプリメントを摂取することも試してみるべきでしょう。

[文献]

※1)強くて利口な精子の育て方 押尾 茂 三五館
※2)Robert M et al Advanced Biology. Nelson Thomas UK. 2000
※3)精子の話 毛利秀雄 岩波新書
※4)Oxidative stress and male infertility Human Reproduction 2008
※5)A randomised contorol traial examining the effect of an antioxidant on pregnancy outcome during IVF-ICSI trestment Aust NZ J Obstet Gynaecol 2007;47:216-221

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