第68回アメリカ生殖医学会ハイライト

2012年11月02日

10月20日から24日までカリフォルニアのサンディエゴでアメリカ生殖医学会が開催されました。

世界の生殖医療の研究者や臨床ドクターが集い、日頃の研究成果が発表されますが、講演内容が公開されています。

その中から「栄養」をテーマとした研究発表のダイジェストをご紹介します。

体外受精や顕微授精などの高度生殖補助医療が進歩、普及し、当たり前な技術になってくると、それらはとても有効な技術であることと同時に、その限界もわかってきました。

高度医療と言っても、決して、万能ではない、すなわち、体外受精や顕微授精を繰り返しても妊娠に至らないこともあるということです。

そして、生殖補助医療が及ばない領域の一つが「栄養」で、栄養と生殖機能の関係についての研究報告が、最近、ヨーロッパやアメリカで盛んに行われるようになっています。

栄養と生殖機能には密接な関係があることは、当たり前と言えば、当たり前なことです。私たち、人間は、食べて、栄養を体内に取り入れ、身体のパーツをつくり、活動に必要なエネルギーをつくっているわけで、栄養の量や質次第で、身体活動のパフォーマンスが高くもなり、低くもなるわけで、妊娠、出産という生殖活動も例外ではないわけです。

私たちが生きていくうえで、必須な栄養素、すなわち、たんぱく質や糖質、脂質、そして、ビタミンやミネラルの5大栄養素の量と質、バランスが妊娠や出産する力を左右するわけです。

私たちが追いかけ続けているテーマなので、つい力が入ってしまい、前置きが長くなってしまいました。


▼糖質の摂取量と胚盤胞到達率との関連

糖質を減らすことで体外受精の胚盤法到達率が改善される

アメリカのデラウェア州のChristiana Care Health System 病院の生殖医療部門のドクターらは、若くて健康状態に問題なくても体外受精の際に良好な胚ができない患者を対象に、食生活を改善するように指導し、治療成績の改善を試みています。

これまでの体外受精で良好な胚盤胞が育ちにくかった12名の35歳未満で、健康な女性患者を対象に、食物摂取頻度調査を受けてもらい、たんぱく質と糖質、脂質の摂取バランスを調べ、2か月間、糖質を減らし、たんぱく質を増やすように食事指導を受け、体外受精に臨みました。

そして、成熟卵の数や胚盤胞到達率を前回の治療と比較しました。

たんぱく質の摂取カロリーは平均16%増加し、3大栄養素に占める割合は、15%から27%に増え、反対に、糖質は平均22.3%減少し、割合は48.6%から40.1%に減りました。

その結果、胚盤胞到達率は18.9%(20/106)から45.3%(48/106)へと向上したとのことです。

このことから、年齢の割には良好な胚が成育しない患者においては、次の治療周期をはじめる2か月前からたんぱく質を増やし、糖質を減らすことで、胚盤胞到達率が改善され得ると結論づけています。


▼糖質の摂取量と男性の精子濃度との関連

・糖質の摂取量が多いほど男性の精子濃度が低くなる。

ハーバード公衆衛生大学院の研究者らは、ロチェスター大学で健康な男性学生(18~22歳)を対象に、2009~2010年にかけて、環境中の汚染物質の精子の質への影響を評価するために実施しています。

調査で、食物摂取頻度調査で糖質の摂取量と精液の質との関係を調べました。

糖質の摂取量を4段階に分けたところ、糖質の摂取量が多くなるほど、精子濃度が低くなることがわかりました(49、47、37、35)。

このことから糖質の摂取量と精液中の精子濃度が関連していると結論づけています。

◎糖質制限

日本でも糖質(炭水化物)制限ダイエットがちょっとしたブームですが、そもそも、先進国では糖質、それも精製度の高い糖質を摂り過ぎている傾向があるようです。

過剰な糖質、すなわち、活動のために燃焼し、消費されなかった分の糖質は、脂肪に変換され蓄えられます。そのため糖質を制限することが脂肪として蓄えられなくなるばかりではなく、それまで蓄えられた脂肪を分解する働きも活発になるために有効なダイエット法になるというわけです。

一方、糖質を消費したり、蓄えたりする際に、血糖値の動きとインスリンというホルモンが深く関わっていて、糖質の摂り方や摂る量によって、血糖値の動きやインスリンの働きが影響を受け、そのことが、直接、卵子や精子の質に関与したり、生殖ホルモンを通じて、間接的に妊娠する力に影響を及ぼしたりするのです。

そのため、糖質の摂り方や摂る量が不適切になると、妊娠しづらくなってしまうおそれが出てくるというわけです。


▼葉酸摂取量と高度生殖補助医療における受精率との関連

・葉酸の摂取量が多いほど体外受精の受精率が高くなる。

ハーバード公衆衛生大学院とマサチューセッツ総合病院の研究チームは、これまで食生活と生殖能力の関係について、多くの疫学研究や臨床研究の結果を報告しています。

今回は葉酸の摂取量と高度生殖補助医療の受精率の関係について発表しています。

試験は、ハーバード公衆衛生大学院が実施している環境中の物質と生殖能力との関連を調べることを目的に実施されている、「EART Study」という疫学調査に参加していて、マサチューセッツ総合病院で体外受精や顕微授精を受けている145名の女性の205治療周期を対象にしています。

疫学調査に参加している女性だからか、毎日の葉酸摂取量は多く、平均の摂取量は1843mcg(265-5586mcg)で、その74%は葉酸のサプリメントから摂取していたとのこと。

そして、葉酸摂取量で4段階のグループに分けて、受精率との関連を調べたところ、葉酸摂取量が増えるにしたがって、受精率も高くなることが確認されたというのです(77%、81%、84%)。

ただし、受精以降の治療成績との関連は認められなかったと言います。

このことから葉酸の摂取量は高度生殖補助医療における受精率と有意に関連すると結論づけています。

◎葉酸の補充について

葉酸は細胞が分裂する際にDNAが正しくコピーされるのに必須の栄養素であることから、葉酸が不足すると子どもの先天異常のリスクが高くなることから、厚生労働省も妊娠前から葉酸を補充することを勧めています。

ただし、葉酸の役割を考えると、葉酸の不足は特定の先天異常のリスクを高くするだけでなく、生殖細胞の成育全般に影響を及ぼすはずです。

その証拠に葉酸の摂取は体外受精時の卵の発育環境を向上させるとの報告がこれまでにも多くなされています。

ただし、その一方、妊娠後期になると葉酸の過剰摂取が子どものアレルギー発症リスクを高くするとの報告もありますので、特にに妊娠後は1,000mcg以上の葉酸を補充することは避けたほうがよいとされています。

引き続き、生活スタイルや年齢と治療成績の関係についての研究報告をご紹介します。

まずは、運動と体外受精の治療成績との関係についての発表がありました。

▼日常や胚移植後の身体活動と治療成績との関連

・普段から身体をよく動かしている女性のほうが体外受精の妊娠率が高い
・胚移植後の身体活動レベルは妊娠率に影響しない

アメリカのノースカロライナ大学の研究チームは、体外受精を受ける迄、日常生活でどれくらい身体を動かしているのか、また、胚移植から妊娠判定迄の間の身体活動が治療成績にどのような影響を及ぼすのか試験を実施しています。

体外受精を始める100名の女性を対象に、専用の調査票を用いて、過去1年間、どの程度、身体を動かしているのかを測定し、また、胚移植後、妊娠判定まで専用の装置を装着して、身体活動の強度を測定しました。

測定データがとれた87名の女性の44名が妊娠しましたが、妊娠した女性は妊娠しなかった女性に比べて、家事や運動での身体活動が高く、身体活動スコアの平均以上の女性は平均以下の女性に比べて、妊娠率が2.93倍だったとのこと。

一方、胚移植から妊娠判定までの身体活動レベルは妊娠率に影響しなかったそうです。

◎インスリン感受性

研究チームは、運動はインスリン感受性を維持し、反対に、運動不足はインスリン抵抗性を高くし、そのことが高血糖を招き、生殖機能を損なう原因となると指摘しています。

インスリン感受性とは、インスリンの働きがよいということで、その結果、血糖値が正常に維持されるようになり、反対に、インスリン抵抗性とは、インスリンの効き目が悪くなるということで、その結果、高血糖を招き、そのことが生殖機能を低下させるおそれがあるということになります。

インスリンの働きや血糖値は、直接的にも、間接的にも、生殖機能を低下させるようです。

炭水化物を少なくして、たんぱく質を多くすると、受精卵の胚盤胞への到達率が高くなったという研究報告がありましたが、それも高血糖に関連していると考えられています。

高血糖は肥満、そして、糖尿病の原因になります。

このように考えると、妊娠しにくくなる身体の状態とは、すなわち、生活習慣病のリスクが高くなる状態であるわけです。

そう考えると、妊娠しづらい状態は、未病の状態で、病気は発症していないけれども、病気に向かっている途中の段階であると言えなくもありません。

ですから、妊娠しやすい生活スタイルに改めるということは、妊娠しやすくなることは、もちろんのこと、将来の生活習慣病の予防にもなるということになります。


▼女性の運動習慣や就業と体外受精治療成績の関係

・女性の運動習慣の有無は治療成績に影響を及ぼさない
・女性の就業は体外受精の治療成績によい影響を及ぼす
・女性の仕事の負荷は治療成績に影響を及ぼさない

韓国のインジェ大学の研究者らは、女性の運動習慣や仕事をすることが体外受精の成績にどのような影響を及ぼすのかを調べるために試験を実施しました。

体外受精を受けている284名の女性(35.4±4.4歳)に、治療前に運動習慣や仕事をしているか、仕事の負荷についてアンケートを行い、治療成績との関係を調べました。

その結果、仕事をもつ女性(54.7%)は仕事をしていない女性(47.3%)よりも妊娠率が統計学的に有意に高かったとのこと。

ただし、仕事の負荷と治療成績は関連しませんでした。

一方、運動習慣がある女性と運動習慣のない女性の妊娠率にも違いは見られませんでした。

◎女性の生活スタイル

アメリカのノースカロライナ大学の結果と合わせて考えると、特定の運動習慣がなくても、日常生活の中で、身体を動かすようにし、身体活動を高めるように心がければとよいということになります。

また、仕事をしながら不妊治療を受けた女性のほうが妊娠率が高かったということで、不妊治療に臨むにあたって、必ずしも仕事が障害になるわけではないということでしょうか。

仕事については一概には言えないと思いますが、治療に専念するために仕事をやめると、かえって、ストレスになる場合があるのかもしれません。


次は、年齢が不妊治療成績にどの程度の影響を及ぼすのかについての報告で
す。

▼原因不明不妊女性への人工授精の年齢別累積妊娠率

・40歳までは妊娠率の低下は小さいが40歳を超えると大きくなる

アメリカのメリーランド州のShady Grove Fertility Centerのドクターらは、原因不明不妊症に対する卵巣刺激(クロミッド+HMG)を伴う人工授精の6周期の累積妊娠率を年齢別に算出しました。

21歳から46歳の4017名の原因不明不妊の女性の卵巣刺激を伴う人工授精の7602治療周期の6周期の累積妊娠率を年齢別は以下の通りでした。

35歳未満 51.4±6.25%
35-37歳  64.8±5.71%
38-40歳  46.9±12.45%
40歳以上 24.06±2.61%

40歳まではそれほど大きく下がっていませんが、40歳を超えると妊娠率の低下が大きくなっています。


▼38-44歳の原因不明不妊女性への人工授精と体外受精の妊娠率比較

・38歳以上の女性では体外受精は人工授精の2.5倍の妊娠率がある

アメリカのジョージタウン大学病院のドクターらは、38歳から44歳の原因不明不妊の女性への治療法別妊娠率を算出しました。

原因不明、もしくは、卵巣機能低下による不妊症(その他の不妊原因や男性不妊は除外)と診断された38~44歳の女性の人工授精2717治療周期と体外受精3563治療周期の妊娠率を比較しました。

   38 39 40 41 42 43 44
体外受精 27.8% 25.7% 19.2% 14.3% 10.4% 7.3% 3.2%
人工授精 9.7% 7.8% 10.2% 7.7% 5.7% 3.5% 3.0%

年齢が高くなるほど、体外受精と人工授精の妊娠率の差は小さくなる傾向があります。

全体では体外受精は人工授精の2.5倍の妊娠率があります。

◎年齢と治療方法

原因不明不妊や年齢による卵巣機能低下の不妊症の場合、不妊治療に臨むにあたって、体外受精を受けるべきかどうか、人工授精から体外受精への移行のタイミングなどは誰しも悩むところだと思います。

女性の年齢が高くなるにしたがって、不妊治療の妊娠率が低くなっていく傾向にあり、それは体外受精でも例外ではありません。

妊娠率では体外受精が最も高くなりますので、治療法にこだわらず早く妊娠を目指したいという考えでは早期に体外受精をスタートするのが得策です。

ただし、あくまでも自然に近い方法にこだわりたいとの考えであれば、人工授精を続けるという選択肢も十分にあると言えます。