凍結融解胚移植について

2012年10月15日

体外受精や顕微授精では、採卵した卵子を精子と一緒にして、出来た受精卵を子宮に戻して妊娠を目指すわけですが、その際に、その周期に戻すことを新鮮杯移植と呼び、受精卵をいったん凍結して、次の周期、もしくは、それ以降の周期に、融解させて戻すことを凍結融解胚移植と言います。

胚凍結は、現在の体外受精では、当たり前、かつ、なくてはならない技術で、2010年に実施された凍結胚を用いた治療は治療周期総数の35%になっています。

ところが、受精卵を「凍らせたり、融解させたりして、大丈夫なのか?」という素朴な疑問や心配の声を私たちのところに寄せられることも少なくありません。

そこで、なぜ、胚を凍結するのか、安全なのか、そして、妊娠や子どもへの影響はどうなのか、凍結融解胚移植にまつわる、もろもろについて、整理してみます。


身体の負担を軽減し、妊娠のチャンスを大きくするために

そもそも、受精卵を凍結するようになったのは、余った胚を破棄しないで、保存するためです。

体外受精では、排卵誘発剤を使って卵巣を刺激し、複数の卵胞を成熟させ、複数の成熟卵を採卵します。全ての卵が受精し、胚になるわけではありませんが、複数の胚が出来ても、移植するのは、1個、もしくは、2個ですので、当然、余ってしまうことになります。
せっかく、得られた胚ですので、破棄せずに、次の周期、もしくは、それ以降の周期に移植するために凍結し、とっておくというわけです。

そうすることによって、1回の採卵で、複数回の移植が可能になるため、治療周期あたりの妊娠の機会はうんと高くなります。また、それにも増して、身体に負担のかかる排卵誘発剤の使用や採卵を繰り返すことなく、胚移植の機会が増えるというメリットが得られることになるのです。

実際に1回の採卵で、一人目だけでなく、二人目、三人目のお子さんを妊娠、出産を目指すことも可能で、実際にそのようなケースもあります。

また、排卵誘発剤による卵巣刺激では、場合によっては、卵子が15個以上も採れることがあり、そうなると、卵巣が腫れ、エストロゲンの分泌も大量になり、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)という副作用のリスクが大きくなり、妊娠することによる重症化を避けるために得られた胚を全て凍結し、新鮮胚移植を見送ります。

ただ、OHSSそのものは、卵巣刺激法のバリエーションが増え、より適切な方法を選択できるようになったことで、今ではその発生頻度はうんと少なくなってはいます。

一方、排卵誘発剤の使用によるホルモン環境の変化で、子宮内膜が影響を受け、着床にふさわしい状態にならなかったり、その時期がずれる(普通は着床にふさわしい時期が早まってしまう)ことがあります。

その場合でも、新鮮胚移植を見送り、改めて子宮内膜が着床に適した時期に移植するために、得られた胚を凍結することがあります。

つまり、身体にかかる負担を軽減すること、また、胚の着床や成育環境をよりよくして、妊娠のチャンスを大きくするために凍結するというわけです。


凍結胚移植のメリットはデメリットを上回る

胚を凍結、保存するうえでどのようなデメリットがあるのでしょうか。

まずは、コストがかかることです。具体的には、胚を凍結したり、融解するためのコストや胚を保存するためのコストです。

次に、凍結や融解すること、そのものが胚にダメージを与える可能性があることです。

ただし、日本の凍結技術は世界トップクラスで、現在、主流になっている超急速ガラス化法では、胚の生存率は約95%とされています。

また、妊娠や出産に際して、さらには、出生児に対してのマイナスの影響については、現在迄のところ認められていません。


凍結融解胚移植する方法は2通りある

さて、凍結融解胚移植の方法には、ホルモン補充周期に実施する方法と自然周期に実施する方法の2通りがあります。

自然周期法は、その名の通り、ホルモン補充を行わず、自然排卵の後に移植する方法です。

月経周期が順調で、自然に子宮内膜が着床にふさわしい環境に育っていることが条件になります。

ホルモン剤を使わなくて済みますが、移植に最適なタイミングを決定するための通院頻度が高くなります。

それに対して、ホルモン補充法は、自然な排卵を抑制し、卵胞ホルモンと黄体ホルモンを補充し、子宮内膜をつくり、移植する方法です。

月経周期が不順な場合、子宮内膜が着床環境にふさわしい状態に育ちにくい場合に適しています。

ホルモン補充することでコントロールしますので、胚移植のスケジュールが立てやすくなります。


凍結融解胚移植により妊娠率が向上する

新鮮胚移植と凍結融解胚移植の妊娠率を比べると、凍結融解胚移植のほうが高くなります。

凍結融解胚移植では、子宮内膜が着床に適した状態の周期を選んで胚移植のタイミングを決定しているからです。

日本産婦人科学会が発表している2010年の体外受精の治療成績では、新鮮胚を用いた場合の移植あたりの妊娠率は22.3%なのに対して、凍結胚を用いた場合のそれは32.6%となっています。

また、新鮮胚移植と凍結胚移植の妊娠率を比較した最新のシステマティックレビューにおいても、胚を凍結保存し、胚移植に適した周期に融解して移植することで妊娠率が向上することを確かめています(*1)


凍結胚移植で生まれた子どもの健康状態は良好

2007年から2008年に日本の新生児の出生時体重を全体平均と新鮮胚移植で生まれた子ども、凍結胚移植で生まれた子どもの平均を調べたところ、全体平均は3,059g、新鮮胚移植は3,009g、凍結胚移植は3,100gと、凍結胚移植で生まれた子どもが最も大きいことがわかりました。

また、凍結胚移植で生まれた子どもの低出生体重児のリスクは新鮮胚移植で生まれた子どもに比べて低いこと、また、新鮮胚移植で生まれた子どもの間でも、卵巣刺激で採卵した場合は自然周期で採卵した場合に比べて低出生体重児のリスクが2倍になること、さらに、胚の培養期間では初期胚で移植した場合は長く(胚盤胞まで)培養して移植した場合に比べて、低出生体重児のリスクが高いことがわかりました(*2)。

そして、凍結融解胚移植によって生まれた子どもの健康状態は、新鮮胚移植によって生まれた子どもに比べて何ら遜色のないことがシステマティックレビューで明らかになっています(*3)。


最後に

体外受精や顕微授精などの高度生殖補助医療では、卵子と精子を体外に採りだして、受精させ、そして、胚にまで培養し、子宮に戻すことで妊娠を目指
します。

これによって、胚に育つまでのプロセスが確実になるだけでなく、施設による優劣はあるとは思いますが、培養環境は最高と考えられる状態に整うことになります。

ただし、そのために胚の着床成育環境が損なわれることがあり、それをクリアする手段が凍結胚移植なわけです。

実際に、これまでのデータでは凍結胚盤胞移植という方法が移植あたりの妊娠率が最も高く、妊娠や出産に伴うリスクも低くなっています。

もちろん、これをもって凍結胚盤胞移植が最高の治療法であると決まったわけではありません。

なぜなら、不妊治療では、治療法における固有の優劣はなく、患者さんの状態や希望にあっているかどうかで最適な治療かどうかが決まるからです。

それよりも、これらの事実から言えることは、新しい命のすこやかな成育のためには、「環境」がなによりも重要だということでしょう。

凍結胚移植は医療技術により、よりよい成育環境を求める手段であるということではないでしょうか。

そして、私たち自身で取り組めることとして、生活環境を見直すことでよりよい成育環境を整えることも、また、とても大切なことです。

[文献]

1)Fresh embryo transfer versus frozen embryo transfer in in vitro fertilization cycles: a systematic review and meta-analysis
Fertil Steril Article in Press 04 October 2012

2)Implications of assisted reproductive technologies on term singleton birth weight: an analysis of 25,777 children in the national assisted reproduction registry of Japan
Fertil Steril Article in Press 10 October 2012

3)Children born after cryopreservation of embryos or oocytes: a systematic review of outcome data
Hum Reprod. 2009 Sep;24(9):2158-2172

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