子育ては妊娠する前からはじまっている

2011年08月07日

なかなか妊娠しないことに悩んだり、不妊治療を受けていると、当然ですが、"妊娠すること"に、関心や意識が集中するようになります。

そして、つい、"妊娠するためには"どうすればいいのかという思考回路になってしまいがちです。

ところが、ちょっと冷静に考えてみると、妊娠というのは、単なる通過点であって、到達点でもなんでないことがすぐに分かります。

子どもを授かるという観点から言えば、到達点は健康な子どもを出産することです。

そこで、今週のトピックスは、健康なお子さんを授かり、産むために、是非とも知っておいてほしいことをまとめてみました。

満期の低出生体重児が増えている

厚生労働省の人口動態統計をみると、1970年半ば頃から、平均出生体重は、ずっと減り続けています。

その反対に、2,500g未満で出生する子ども、低出生体重児の割合が年々増加し続け、全国平均では、10%に近づいていて、都道府県によっては、12%前後に達するところもあります。

一方で、少子化が進行していますから、低出生体重児の絶対数が増加しているということになります。

そして、大きな特徴として、早産よりも、満期(正常な妊娠期間)の低出生体重児が増えていることです。

要するに、お母さんのお腹の中で適切な期間いたにもかかわらず、小さいまま生れてくるお子さんが増えているのです。

主な原因として、妊婦の「やせ」や「低栄養状態」が考えられています。

生活習慣病胎児期起源説

低出生体重児は、単に、"生れた時に小さかった"で済ませることができない問題をはらんでいます。

イギリスの疫学者デイビッド・バーカー教授は、約20年前に生活習慣病胎児期起源説を唱えたのですが、それ以降、多くの研究で検証され、今では、21世紀最大の学説と言われるようになっています。

それは、出生児の体重が軽い子どもは、出生後、急激に体重が増え、10歳くらいになるまでには肥満になり、将来、生活習慣病を発症しやすいというものです。

そのリスクは、満期の低体重出生児に高いというのです。

バーカー教授は、妊娠前後、特に、妊娠前の母親の不適切な食生活は、妊娠後の子宮内での胎児の成長の遅れを招き、子どもの将来の健康にまで大きな影響を及ぼすと言います。

厳密に言うと、子どもの生活習慣病の発症は、母親の妊娠前、妊娠中の栄養状態と出生後の不適切な生活習慣の相互作用によるというわけです。

まさに、子どもがお腹の中にいる時から、いや、妊娠する前から、養育がスタートしていると言っても過言ではありません。

低出生体重児はPCOSになりやすい

また、低出生体重児は、子どもの生活習慣病のリスクを高くすることから、女の子の場合は、出生時の体重が低いと、思春期以降、糖代謝異常によって、PCOSを発症するリスクが高くなることは十分に考えられることです。

PCOSとは、多嚢胞性卵巣症候群のことで、排卵障害を伴うと不妊の原因になり得ます。

そのことを確かめた最新の報告があります。

スペインのバルセロナ大学の最新の研究では、低出生体重児で陰毛の発毛が早かった女児38名を2つのグループに分けて、一方のグループの女児には8~12歳まで、もう一方のグループの女児には12歳から1年間だけ、それぞれ、メトフォルミン(糖尿病薬)を飲んでもらったところ、8~12歳まで薬を飲んだ女児のほうが、12歳から1年間だけ飲んだ女児に比べて、15歳時点でPCOSに発症する割合が8倍も低かったとのこと(※1)。

低出生体重児は、将来の生活習慣病だけでなく、女の子の場合は、妊娠する力まで左右するというわけです。

妊娠前や妊娠中の栄養状態

さて、発展途上国ならまだしも、飽食の時代と言われる豊かな現代の日本にあって、満期の低出生体重児の主因の「母親の低栄養」など、ピンとこないかもしれません。

ところが、その実態は、妊娠の可能性のある女性や妊婦の栄養状態は決してよいとは言えないことが分かります。

まずは、「やせ」の問題。

日本人を対象とした調査では、BМIが18.5未満のやせの妊婦は普通の妊婦に比べて、低出生体重児が3倍になっています(※2)が、厚生労働省の国民健康・栄養調査では、30歳代の女性のBMIが18.5未満のやせの割合は14%、浜松医大が実施した1257名の妊娠初期の妊婦を対象とした調査では、22.1%だったとのこと。

次に、30代女性の「栄養摂取量」の問題。

厚生労働省の「平成20年国民健康・栄養調査」と「日本人の食事摂取基準2010年版」から、30代女性の1日の微量栄養素の平均摂取量は、妊娠の際に必要とされる推奨摂取量をどの程度満たしているのかを調べてみました。

その結果、ビタミンB6、葉酸、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛の平均摂取量は推奨摂取量を下まわっています。

特に、葉酸や鉄は半分以下です。

また、妊婦「栄養摂取」の問題。

浜松医大が実施した245名の妊婦を対象にした食事調査では、妊娠初期のカルシウムの摂取量は推奨量の61.5%、ビタミンB2では77.5%、葉酸では49.0%、ビタミンCで61.5%だったとのこと。

鉄は、妊娠初期は146.0%と十分に摂れているものの、妊娠中期では60.0%、末期では57.8%と大きく不足しています。

生殖年齢にある女性が、いかに、ちゃんと食べていないか、食べられていないかが明らかです。

さまざまな理由が考えられますが、ライフスタイルや価値観が多様化し、その結果、自ら食材を選んで調理するよりも、調理済の食品やファーストフード、加工食品を食べる頻度が増えたり、不規則な生活、欠食、間違ったダイエット、などなどがあるのかもしれません。

妊娠前から未だ見ぬお子さんの養育環境を意識したい

お子さんの養育環境は、母親の妊娠前の栄養状態からスタートすることが分かりました。

一方、不妊を経験すること、すなわち、妊娠するまでに時間がかかること、一般不妊治療(排卵誘発剤の使用)や高度生殖補助医療(体外受精や顕微授精)を受けることは、お子さんにマイナスの影響を及ぼしはしないかと心配される方が少なくありません。

ところが、これまでの多くの研究報告をみてみると、一見、不妊治療で生れたお子さんのさまざまな健康リスクが高いように見えますが、実際には、排卵誘発剤の使用や体外受精、顕微授精の治療そのものの影響よりも、母親や父親の生活習慣や健康状態、社会的経済的な要因の影響が大きいことがわかります。

つまり、お子さんの心身の健康に大きな影響を及ぼす養育環境は、母親や父親によって、どうにかなるところがとっても大きいこと、そして、妊娠する前から始まっているということに他ならないのです。

未だ見ぬお子さんの健全な成育のために

206年に厚生労働省は「妊産婦のための食生活指針」を作成し、望ましい食生活を送るための目安を提示しています。

ポイントは、適切な体重管理、規則正しく、バランスよく食べるということに尽きるかと思います。

また、葉酸は、いくらバランスのよい食生活を心がけても、妊娠前、妊娠中の必要量を摂取することが困難な栄養素の代表です。

葉酸の不足は、脊椎二分症のような神経管閉鎖障害の発症リスクを高めるだけでなく、早産や低出生体重児、胎児発育遅延、さらには、葉酸不足による母体のホモシステイン濃度の上昇は受精卵の発育不全や習慣性流産、妊娠合併症のリスクまで高めてしまうことがわかっています。

葉酸は、妊娠前からサプリメントで補充するのが賢明です。

妊娠しやすいカラダづくりはお子さんの健康につながる

妊娠が成立すると、母親の体内では、妊娠を維持し、どんどん発育する胎児に栄養を補給するために、ホルモンの分泌とエネルギー代謝を大きく変化させます。

このような急激な変化を可能にするのは、妊娠成立前からの栄養状態です。

母親のBMIと栄養状態は次世代の健康に影響を及ぼすのです。

不妊期間を経験することは、無計画で妊娠、出産するよりも、お子さんのための養育環境を整えるための時間が得られることになるという点では有利なのかもしれません。

[文献]

※1)Early Metformin Therapy (Age 8-12 Years) in Girls with Precocious Pubarche to Reduce Hirsutism, Androgen Excess,
and Oligomenorrhea in Adolescence
The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism June 1, 2011

※2)Pregnancy body mass index as an important predictor of perinatal outcomes in Japanese.
Archiv Gynecol Obstet 2005;271(4):311-31