卵子と精子に生命力が備わっているか、すなわち、質のよい卵子と精子が得られるかどうかが、妊娠するために最も大切なことです。
このことは、不妊治療を受けていても、受けていなくても変わりありません。
なぜなら、不妊治療では、排卵を促したり、排卵する卵の数を増やしたり、卵子と精子を近づけたりすることは得意とするところですが、卵子や精子の質そのものをよくすることは出来ないからです。
また、質のよい卵子を得るということについて、もう少し厳密な言い方をすれば、私たちにはどうにもしようがないところもあります。
それは、卵子の場合、精子と違って、常に新たにつくり続けられているわけではなく、既に卵巣にあって、その都度、成育してくるわけですから、運悪く、遺伝情報などが損なわれている卵が巡ってくることもあるからです。
そこのところは、残念ながら、やりようがないというか、避けようがありません。
また、女性が年をとればとるほど、そのような卵、すなわち、染色体に異常のある卵が選ばれて、成育する頻度が増えてきます。
ですから、年齢や偶然性に支配されているということは、一方で冷静に受け止めておかなければならないことだと思います。
さて、それでは、健全な卵が選ばれた場合、よい卵に成熟して、そして、生命力の強い受精卵を得るにはどうすればよいのでしょうか?
受精卵の良し悪しを決めるもの
"よい受精卵を得る"とはどういうことでしょうか?
そもそも、受精卵は"どこかからやってくるもの"ではなく、"私たちの体内で育つもの"です。
つまり、"既製品"ではなく、"私たちのカラダが育てるもの"です。
ということは、受精卵の良し悪しは、私たちのカラダの育て方次第だと言えます。
ここのところを、さらに突っ込んで考えてみましょう。
私たちのカラダがうまく受精卵を育てられるか、育てられないか、その違いは何で決まるのでしょうか?
以下に整理してみましょう。
1)私たちのカラダが"適切な指令"をそれぞれの器官に発すること。
2)卵細胞が分裂、増殖するための"材料"が揃っていること。
3)材料を正確に組み立てる"職人"や"道具"が揃っていること。
4)そのための十分な"エネルギー"が供給されていること。
5)細胞にダメージを及ぼすものからの"防御システム"が整っていること。
もちろん、遺伝情報が損なわれていない卵が選ばれること、すなわち、設計図が正確であること、これについては既にお話しした大前提ですが、それ以外は、この5つに集約されるのではないでしょうか。
もしも、このうちのどれか1つでも、その量や質が不十分であれば、せっかく健全な卵が選ばれても、生命力の強い受精卵に育つことは叶いません。
つまり、この5つは「絶対条件」です。
私たちがすべきこと、私たちにできること
それでは、それぞれの要件を満たすのに、私たちに何ができるのかについて、順番に考えてみましょう。
1)適切な「指令」を発するために
建物を建てるときに、現場監督が頼りなかったり、その指示が徹底されなければ、うまく工事が進みません。
受精卵を育てるときの現場監督、すなわち、司令塔は脳内の視床下部です。
そして、それぞれの持ち場(器官)にその指令を伝えるのはホルモンの役割です。
視床下部は、総合的な司令塔で、ストレスへの対応も担います。そのためストレスが続くと、ストレス対応に忙殺されて、生殖器官への指令がおろそかになってしまうことがあります。
また、指令を伝える生殖ホルモンは、コレステロールからつくられ、血流にのって、それぞれの器官に運ばれます。
取り組むべきは、ストレスのマネージメントやコレステロールを不足させないこと、血流をよくすること、卵巣刺激(ホルモン療法)などです。
2)卵細胞が分裂、増殖するための「材料」を揃えるために
いくら卵を育てなさいと命令しても、分裂、増殖に必要な材料が十分に揃っていなければ、卵はうまく育ちません。
細胞はたんぱく質、細胞膜はコレステロールで構成されています。
菜食主義や間違ったダイエットが妊娠しづらくさせてしまうのはこのためで、当然と言えば当然です。
取り組むべきは、肉や魚、豆類、卵、乳製品をまんべんなく食べることです。
3)材料を正確に組み立てる「職人」や「道具」が揃えるために
材料を揃えて、育てなさいと命令しても、それを組み立てる職人や道具が不十分であれば、卵はうまく育ちません。
卵細胞を分裂、増殖させる職人は酵素で、道具は補酵素で、酵素はたんぱく質からつくられ、補酵素はビタミンやミネラルです。
卵細胞が健全に成育するためには、材料と職人、道具が揃うだけでなく、バランスも大切です。
何か一つが突出して多くても使えませんし、突出して少なければ、全体の仕事が進まなくなってしまうからです。
取り組むべきは、肉や魚、豆類、卵、乳製品に加えて、多くの種類の新鮮な野菜や果物、精製度の低い穀物を食べ、また、不足しがちな鉄や葉酸などはサプリメントで補うこと。
4)十分な「エネルギー」を供給するために
材料が揃い、職人や道具が完璧でも、作業を進めるエネルギーが不足していれば、仕事が滞ってしまいます。
細胞の分裂、増殖に必要とされるエネルギーは、糖質(炭水化物)をビタミンB群などが、燃料に使える形に変換し、ミトコンドリアで、酸素で燃やして産生します。その際には補酵素やミネラル、ビタミン様物質も不可欠な役割を担っています。
取り組むべきは、肉や魚、豆類、卵、乳製品に加えて、多くの種類の新鮮な野菜や果物、精製度の低い穀物を食べること。
また、不足しがちな鉄やビタミンB群などはサプリメントで補うこと。
そして、適度な有酸素運動はミトコンドリアの数を増やし、エネルギー産生効率を高めます。
5)「防御システム」が整っていること。
腕のいい職人が高性能な道具を使って、せっかくよい卵をつくっても、デリケートな卵をしっかりと守ってあげないと、質が低下してしまいかねません。
つくりっぱなしはいけません。
卵を攻撃するのは活性酸素。活性酸素から卵を守るのは抗酸化システム。具体的には、抗酸化酵素や抗酸化物質たちです。
抗酸化酵素はたんぱく質やミネラルで構成されていて、抗酸化物質は抗酸化作用のあるビタミンやミネラルたちです。
取り組むべきは、良質のたんぱく質や海藻、新鮮な野菜や果物をしっかりと食べること、ストレスをマネージメントすることです。
以上が、5つの要件を満たすのに、私たちがすべきこと、私たちにできることの、超ダイジェストです。
結局は当たり前な健康なカラダとココロが生命力を育む
私たちの身体が、生命力の強い受精卵を育むためには、新鮮な食材をバランスよく食べること、よく身体を動かすこと、ストレスをうまくマネージメントするという、極々、当たり前なことになります。
ネット上では、不妊によいとされる、さまざまな機能をもつと宣伝される健康食品の情報が氾濫しています。
それらは、いくら、よさげに思えても、それほど重要な働きを担っているわけではありません。
現代社会に特有の食生活では、ビタミンやミネラルが不足しがちです。
実際に、厚生労働省の平成20年度の国民健康・栄養調査報告では、20~49歳の女性で、フェリチン(貯蔵鉄)の値が潜在的鉄欠乏とされる30ng/ml未満なのは全体の70%にもなっています。
また、同じ厚労省が妊娠前の女性に葉酸のサプリメント摂取を勧めるのも、健全な妊娠に絶対的に必要なベーシックな栄養素が、現代では、いくら食生活に気を配っていても、不足してしまうビタミンやミネラルがあるという証拠でしょう。
さらには、間違ったダイエットや食生活で、たんぱく質やコレステロールが不足している女性も増加傾向にあると言われています。
繰り返しますが、取り組むべきは、新鮮な食材を調理してバランスよく食べること、よく身体を動かすこと、ストレスをうまくマネージメントすること、そして、不足しがちなビタミンやミネラルは品質の高いサプリメントで補充すること、これに尽きます。
絶対に必要とされるものやことが不十分であるのにもかかわらず、高度な生殖医療に頼ったり、珍しい健康食品に期待するするのは本末転倒で、愚の骨頂だと、心から思います。