アンチミューラリアンホルモン(以下、AMH)は、エストロゲンやプロゲステロン、FSH(卵胞刺激ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)などの生殖に関わるホルモンに比べれば、聞き慣れないホルモンの名前でしょう。
ところが、このAMH、現代の不妊治療ではとても大切なホルモンなのです。
その理由は以下の通りです。
今や体外受精や顕微授精などの高度生殖医療技術が進歩に伴って、不妊治療ではさまざまなオプション(選択肢)が増えました。
そのため、自分たちにふさわしい治療法を選択することの必要性や重要性がますます高まっています。
そして、治療方針や治療法の選択の際に大切な指標になるのがAMHだからです。
アンチミューラリアンホルモンとは?
そのAMHについて。AMHとは、卵巣内で発育過程にある卵胞から分泌されるホルモンのことです。
血液中のこのホルモンの値が、発育している卵胞の数の多い少ないを反映するわけです。
要するに、AMHの値が高ければ、発育卵胞の数が多く、低ければ、発育卵胞の数が少ないと考えられるのです。
そして、この発育卵胞の数は、卵巣内に残っている原始卵胞の数にリンクします。
つまり、AMHの値は、卵巣にあとどれくらい卵子が残っているのか、すなわち、卵巣予備能と呼ばれる"卵巣年齢"を知る目安になるというわけです。
精子にはない、卵子だけの宿命とは?
この説明では、分かったようで、分からないという感じかもしれませんので、その背景を少し補足してみたいと思います。
男性は毎日精子をつくり続けていますが、女性は生まれたときから卵巣内にすべての卵子がすでにあって、新たにつくることはないと言われています。
女性の卵巣内にある卵子になる元の細胞を原始卵胞といいます。生まれる時には約200万個くらいあるそうです。
それ以降、成長に伴って、その数はどんどん減っていき、思春期を迎え、生理が始まる頃には、だいたい、20万個から30万個になります。
そして、いよいよ、生理が始まると、1回の周期に約1000個の原子卵胞が目覚め、発育を開始します。
ただし、たとえ、目覚めたとしても、排卵の周期にはその中の約20個が選ばれ、最終的に成熟し、排卵するのは1個(主席卵胞)だけです。
残りはすべて消滅してしまいます。
このように、卵巣内の原始卵胞は年齢とともに、一緒に年をとり、その数は減り続けるのです。
つまり、男性が年をとっても、新鮮な精子が常につくり続けられているのに対して、女性が年をとると、卵子の質も低くなり、その量も減ってしまうというわけです。
卵巣年齢とは?
さて、卵巣予備能という言葉も最近よく耳にするようになりました。
卵巣予備能というのは、卵巣にどれくらい卵子が残っているのかの目安のことで、卵巣に残っている卵子の"量"を知る目安なわけです。
そして、卵巣予備能には個人差があります。
前述の出生時200万個、思春期には20~30万個、それ以降、1ヶ月に1000個ずつ減っていくというのは、そのような信頼できる研究報告があるというだけで、あくまでも理論にしか過ぎません。
女性によって閉経年齢が異なるように、卵子の"減り方"にも個人差があります。
遺伝的なものや過去の骨盤内の感染や手術、子宮内膜症、喫煙などの生活習慣、また、決定的なのは、化学療法や放射線療法などの影響で、卵子の減るスピードは速くなります。
つまり、年齢の割にはたくさんの卵子が残っている女性もいれば、反対に年齢の割には早く減っている女性もいるわけで、それぞれに"卵巣年齢"があると言えるのです。
そして、その卵巣年齢を知る最も有効な方法がAMHの測定なのです。
卵巣年齢と妊娠する力の関係とは?
いよいよ、ここからもう一歩話しを進めていきましょう。
卵巣年齢、すなわち、卵巣内にどれくらいの卵子が残っているのかの目安と妊娠する力との関係はどのようになっているのでしょうか。
卵子の"質"は妊娠するしないに直結しています。
すなわち、卵子の"質"は妊娠する力そのものです。
それに対して、卵子の"量"は間接的です。
すなわち、卵子の"量"が多いほど妊娠するのに有利になります。
卵巣年齢が若いほど、卵巣内に残っている卵子の数が多く、毎周期、発育する卵胞の数も多いので、妊娠できるだけの質を備えた卵子が排卵される確率が高くなるということです。
これが、卵巣年齢が若いほど妊娠の可能性が高いメカニズムです。
ここで知っておかなければならないのは、毎周期選ばれ、最終的に排卵に至るまで成熟する卵子(主席卵胞)は、質が高いから選ばれるのではなく、あくまで、偶然、選ばれるに過ぎないということ。
ですから、確率の問題なわけです。発育卵胞が多いということは分子が大きくなるので、妊娠に至る確率が高くなるのです。
AMHを測定する意味とは?
それでは、AMHを測定する、すなわち、卵巣年齢を知ることにどんな意味があるのでしょうか?
AMHを測定する目的を整理してみましょう。
2つあります。
まず1つ目は、不妊治療のステップアップのスピードを決定する目安になります。
卵巣年齢は残念ながら逆転させることは出来ません。もしも、年齢の割に卵巣年齢が高ければ、当然、不妊治療のスピードを上げ、早め、早めにステップアップする必要があります。
不妊治療にかけられる時間的余裕はそれほどないからです。
反対に年の割に卵巣年齢が若ければ、多少、じっくりと治療に取り組めるというわけです。
2つ目は、体外受精の際の最適な卵巣刺激法を選択する目安になります。
多くの卵子を採卵するほうが妊娠の確率が高くなるのは、前述の通り、質の高い卵子に巡り合える可能性が高くなります。
そのためには排卵誘発剤で卵巣を刺激する必要がありますが、単に刺激しさえすればいいというものではありません。
それぞれの卵巣年齢に応じた刺激法を採用しなければなりません。
このようにAMHを測定し、自身の卵巣年齢を知ることで、より妊娠の可能性の高いステップアップのタイミングや治療法を選択することが可能になるのです。
自分たちにふさわしい、後悔しない治療を受けるために
これまで卵巣年齢を知る目安として、FSH(卵胞刺激ホルモン)などがありましたが、周期内変動や個人差が大きく、卵巣年齢を知る精度はそれほど高くはありませんでした。
ところが、AMHは周期内変動がなく、卵巣年齢を知るうえで精度が高くなりました。
特に、高齢で不妊治療をスタートする女性にとっては最も大切な検査になることでしょう。
不妊治療では、どの治療法を選択するのかについて正解はありません。
また、必ずしも妊娠が保障されているわけではありません。
ですから、後々、後悔しないためには、どんな治療法が自分たちにとって最も効率的に妊娠を目指せるのか、どんな治療法が自分たちの価値観に合っているのか、自分たちで決める必要があります。
そんな観点から言えば、AMH値は自分たちにふさわしい治療方針や治療法を選択するうえで、ドクターと相談される時にとても大切な材料になると思います。