第66回アメリカ生殖医学会ハイライトから

2010年12月21日

さる10月23日から27日まで、コロラド州デンバーにて、第66回アメリカ生殖医学会が開催されました。

学術集会で発表された最新の研究報告から、皆さんのお役に立ちそうなテーマをピックアップして、何回かに分けて、妊カラ誌上でご紹介してみたいと思います。

まずは、今週は「油」のこと。「油の摂り方が妊娠する力や妊娠させる力に及ぼす影響について」です。

油の摂り方が健康を大きく左右することは、もはや常識となりましたが、女性の妊娠する力や男性の妊娠させる力にも、少なからず影響を及ぼすことは、以前から指摘されていました。

今回のアメリカ生殖医学会では多くの発表がなされています。


★油の摂り方が精子の数や運動率、形態率に及ぼす影響

⇒ 脂肪を摂り過ぎたり、肉食が多い割には、魚や野菜が少ない男性は、精子濃度が低い。

▼ハーバードメディカルスクールの研究チームによる試験

◎対象者は?

関連病院に通院する男性患者91名

◎どんな方法で?

食事摂取頻度調査で脂肪酸の摂取と精液検査の結果との関連を調べた。

◎結果は?

・脂肪の摂取量が多いほど、精子濃度が低い。
・飽和脂肪酸の摂取が多かったグループは少なかったグループに比べて、精子濃度が41%低い。
・一価不飽和脂肪酸の摂取が多いグループは少ないグループに比べて精子濃度が46%低い。
・オメガ6脂肪酸が多いグループは精子の運動率が高い。
・オメガ3脂肪酸が多いグループは精子の形態が良好。

▼コメント

飽和脂肪酸が多いのは、肉(獣肉)や加工肉食品、乳製品で、一価不飽和脂肪酸は、オリーブオイルやサフラワー油、なたね油なんかの植物油やアボカド、ピーナッツバターに多く、オメガ6脂肪酸は、サラダオイルやゴマ油、コーン油などの植物油に、オメガ3脂肪酸は、魚の油や亜麻仁油、しそ油、えごま油などに多く含まれています。

私たちは、油そのものを飲んでいるわけではないので、毎日、何を、どれくらい食べているかで、どんな油を、どれくらい摂取するかが決まります。

そして、そのことが、男性の精子の数や運動率、形態に影響を及ぼすということです。

その影響度合いは、精子濃度で40%ちょっととのことですが、もしも、精子濃度が5000万以上の男性であれば、影響を受けても、さほど問題ありませんが、3000万以下の男性であれば、2000万を切ってしまいます。

つまり、食生活による影響で、乏精子症になってしまうこともあるわけです。

また、油の摂り方については、特定の油をたくさん摂ればいいということでは決してありません。

大切なのは、偏りなく摂るという、バランスが大切です。

★血中のトランス脂肪酸濃度と体外受精の治療成績との関係

⇒ 血中のトランス脂肪酸の濃度が高い女性ほど、体外受精の成功率が低い。

▼ハーバード公衆衛生大学院の研究チームによる試験

◎対象者は?

体外受精を受けている女性100名

◎どんな方法で?

血中のトランス脂肪酸濃度を測定し、体外受精の治療成績との関連を調べた。

◎結果は?

・トランス脂肪酸の濃度が高い女性ほど、体外受精の出産率が低い。
・18:2トランス脂肪酸濃度の高いグループは、治療周期あたりの出産率が、普通のグループに比べ て10%、低いグループに比べて18%、それぞれ、低い。
・18:2トランス脂肪酸濃度の高いグループは、移植あたりの着床に失敗する確率が、治療周期あた りで3.6倍、移植あたりで6.7倍高い。

▼コメント

トランス脂肪酸とは、植物油に水素を添加して、マーガリンやショートニングなどを製造する過程で出来てしまう、天然には存在しない脂肪酸のことです。これまで、大量に摂ると、悪玉コレステロールを増やし、心臓疾患にかかりやすくなることから、使用を規制する国が増えています。

この体に悪いとして、悪名高いトランス脂肪酸ですが、今回、初めて、体外受精の治療成績との関連を調べた試験が実施され、トランス脂肪酸をたくさん摂る女性は、体外受精でお子さんを出産する確率が低いことを明らかにしました。

トランス脂肪酸を多く含むのは、マーガリンやショートニングを含むスナック菓子やクッキー、パン、ビスケット、また、ファーストフードなど。

とにかく、妊娠を望む女性は、トランス脂肪酸を摂らないように注意したほうがよさそうです。

18:2トランス脂肪酸とは、トランス脂肪酸の一種です。

★血中の多価不飽和脂肪酸濃度と体外受精の治療成績との関係

⇒ オメガ3脂肪酸濃度が高いほど胚の形態がよい

▼南カリフォルニア大学ロスアンジェルス校の研究チームによる試験

◎対象者は?

体外受精を受けている女性42名(平均年齢38歳)

◎どんな方法で?

月経周期3日目の多価不飽和脂肪酸の血中濃度を測定し、体外受精の治療成績との関連を調べた。

◎結果は?

・オメガ3脂肪酸DHADPA濃度が高い女性ほど良好な形態の胚が多い。
・多価不飽和脂肪酸濃度と妊娠率については相関関係は見られない。

▼コメント

不飽和脂肪酸には、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸があり、体内で代謝されて、さまざまな身体の機能を調整する物質に変化し、それぞれ、異なる働きをします。

オメガ3脂肪酸は魚の油や亜麻仁油、しそ油、エゴマ油などに豊富です。

今回、不飽和脂肪酸組成と体外受精の治療成績との関係が初めて調べられました。

青魚などのオメガ3脂肪酸を豊富に含む魚を食べたり、亜麻仁油やしそ油、エゴマ油をドレッシングなどに使うとよいでしょう。

★原因不明の受精障害へのオメガ3脂肪酸のサプリメントの効果

⇒ 原因不明の受精障害患者のオメガ3脂肪酸のサプリメント摂取は、顕微授精後の受精率が向上   し、その後の着床率、妊娠率を向上させる。

▼韓国のウルサン大学の研究チームによる試験

◎対象者は?

顕微授精を受けている原因不明の受精障害の98名の不妊患者

◎どんな方法で?

1日1000ミリグラムのオメガ3脂肪酸のサプリメントを摂るグループと対照グループにランダム分けて、顕微授精の治療成績を比較した。

◎結果は?

・採卵個数は変わりなかったが、受精率は、サプリメント摂取グループでは、76.5%、対照群は50 .4%だった。
・着床率や妊娠率もサプリメント摂取グループが高かった。

▼コメント

オメガ3脂肪酸のサプリメントを摂取することで、受精率や着床率、妊娠率が向上したとのことですが、その原因については言及されていません。

オメガ3脂肪酸であるDHAEPAを摂った妊婦から生まれた子どものIQが、コーン油を摂っていた妊婦の子どもに比べて有意に高かったとの報告もあり、妊娠前からDHAEPAのサプリメントを摂る価値があるようです。

以上、66回アメリカ生殖医学会の学術集会にて発表された、油の摂り方が妊娠する力や妊娠させる力に及ぼす影響についての4つの発表をご紹介しました。

油の摂り方についてまとめてみますと、

・全体には、脂肪の過剰摂取に気をつけ、バランスよく摂取すること。

・トランス脂肪酸は極力摂らないように気をつけること。

・魚の油などのオメガ3脂肪酸は積極的に摂るようにすること。

尚、サプリメントでDHAEPAを摂る際には、重金属汚染が懸念されますので、原料や製造レベルについては、信頼のおける製品を選ぶことです。


治療成績について

不妊治療について、それぞれの治療法に固有の妊娠率や出産率を知っておくことは、治療法を選択したり、治療回数を検討するうえで、とても大切なことだと思います。

ここで、アメリカにおける高度生殖補助医療の治療成績の情報開示システムについて、簡単に触れておきます。

アメリカでは、疾病管理センター(CDC)という政府機関が、アメリカ生殖医学会(ASRM)の関連団体である、高度生殖補助医療学会(SART)に対して、全米の各クリニックの体外受精や顕微授精の治療成績のデータを収集、チェックすることを命じています。

そして、CDCは、毎年、体外受精や顕微授精の全国統計とそれぞれのクリニックの治療成績を公表しています。

最近、ようやく全国統計が公表されはじめた日本に比べると、はるかに、患者のための情報環境が整っています。

今回、紹介する研究報告の中でもSARTのデータを分析した報告が1つありますが、個々のクリニックのデータではなく、全米のデータによる研究ですから、当然、信頼性も高くなります。


★体外受精や顕微授精の累積出産率

⇒ 高度生殖補助医療による治療周期あたりの出産率は、初回が35.9%と最も高く、以降は徐々   に低下していく。累積出産率は、徐々に上昇していくが、5回目以降で頭打ちになる。

▼ミシガン州立大学の研究チームによる試験

◎対象者は?

2004年から2008年の5年間のSARTのデータ(306565名の518496周期)

◎どんな方法で?

治療回数毎の出産率と累積出産率を算出

◎結果は?

・治療回数毎の治療周期あたりの出産率は初回が35.9%で最も高い。

・2回目が29.8%、3回目は29.1%、4回目は27.2%と、徐々に低くなっていく。

・2回の累積出産率は47.8%、3回で52.6%、4回で54.5%、 5回で55.3%で、それ以降は頭 打ちになる。

▼コメント

不妊治療の治療成績をみる場合、妊娠率もさることながら、出産率が大切です。なぜなら、不妊治療の成功は、妊娠ではなく、出産であるからです。

また、人工授精や体外受精の治療成績は、たいていは、治療周期あたりであらわされることが多いのですが、どれくらい続けるのかを検討する場合には、累積の妊娠率や出産率でみる必要があります。

この報告では、全米のデータから回数別累積出産率を算出しています。

それによると、5回目以降は頭打ちになっています。

このことから、体外受精にステップアップする場合には、少なくとも、3回から5回くらいは治療を続ける心づもりで臨むことが大切なのかもしれません。

ただし、それは、比較的年齢が若く、卵管閉塞などの体外受精が必要な明らかな原因がある場合で、高齢に伴う卵子の老化によって、妊娠までに時間がかかっている場合には、この限りではありません。

★体外受精へのステップアップの時期による治療成績の比較

⇒ 標準的なステップアップでも早いステップアップでも妊娠に至る確率は
   大きく変わらない

▼ボストンIVFの研究チームによる試験

◎対象者は?

不妊期間が1年以上の原因不明不妊のカップル503組

◎どんな方法で?

ランダムに2つのグループに分けて、一方のグループ(233名)は、標準的なステップアップ法(クロミフェン刺激を伴う人工授精を3周期、FSH刺激を伴う人工授精を3周期、体外受精を6周期)、もう一方(256名)は、早い段階で体外受精にステップアップし(クロミフェン刺激を伴う人工授精を3周期、体外受精を6周期)、それぞれの治療成績を比較した。

◎結果は?

・標準的なステップアップ法では、クロミフェン刺激を伴う人工授精3回で233名中55名が妊娠に至り(23.6%)、次のFSH刺激を伴う人工授精3回で、さらに49名が妊娠、累積妊娠率は44.6%でした。そして、体外受精6回で、さらに95名が妊娠に至り、最終の累積妊娠率は85.4%でした。

・FSH刺激を伴う人工授精を経ずに体外受精にステップアップしたグループでは、クロミフェン刺激を伴う人工授精3回で、242名中67名が妊娠に至り(26.2%)、さらに体外受精6回で145名が妊娠に至り、最終的な累積妊娠率は82.8%でした。

▼コメント

原因不明不妊の場合には、どのタイミングで体外受精にトライするべきなのか、判断が難しいものです。

アメリカでは、クロミフェン+人工授精を3回繰り返し、それでも妊娠に至らなければ、さらに、FSH+人工授精を3回繰り返し、それでも妊娠に至らなければ、体外受精を6回繰り返すというのが標準的な治療方針とされています。

今回の報告では、FSH+人工授精のステップを経ずに体外受精にステップアップした場合との治療成績を比べています。

その結果、標準的な治療ステップを踏んでも、早くステップアップしても、妊娠に至る確率には大きな違いはないようです。

もしも、年齢が35歳以下であれば、ある程度、自然妊娠にこだわるという選択肢もあり得るわけです。

★採卵した卵子の受精率と胚への生育率、及び出産率

⇒ 採卵した卵子が、妊娠、出産に至る確率は4.3%で、人間は、そもそも、妊娠しづらい生き物で   あると言わざるを得ない。 

▼Shady Grove Fertility Centerの研究チームによる試験

◎対象者は?

2004年から2008年の14324治療周期

◎どんな方法で?

採卵した卵子192991個の受精率、胚への生育率、出産率を算出した。

◎結果は?

・採卵した卵子が受精するのは57.5%

・受精後に移植可能な段階の胚まで生育するのは39.9%

・移植した胚が着床し、妊娠、出産に至るのは18.9%

・採卵した卵子が最終的に出産に至るのは4.3%

・受精卵が最終的に出産に至るのは7.5%

▼コメント

体外受精を受けると、それまではうかがい知ることが出来なかった、母親になる女性のお腹の中で進んでいたプロセスを、全て、目で確認出来るようになるために、それぞれのプロセスの状況に一喜一憂してしまいかねません。

この報告の結果をみると、採卵した卵子が受精するのが6割、受精卵が移植までいけるのが4割、移植した胚が赤ちゃんにまで育つのが2割という計算になります。

そして、そもそも、体外受精で採卵できた卵子が、妊娠、出産できるだけの生命力を備えている割合は、4.3%で、驚くほど低い確率です。

もちろん、年齢によって、この割合は大きく異なります。母親になる女性の年齢別の割合は以下の通りです。

◎年齢別採卵した卵子が出産まで至る確率

・35歳まで 5.2%
・35~37 4.4%
・38~40 3.3%
・41~42 1.8%
・42歳以上 1.2%

体外受精の治療プロセスで、採卵した卵子が受精しなかったり、受精卵の成長がストップしてしまったり、移植しても着床しなければ、治療が"失敗"してしまったかのように受け止めてしまいがちです。

ところが、この報告をみると、その多くは、"失敗"や"異常"なことではなく、"そうなっている"ものなのかもしれません。

もしも、そうであれば、必要なのは、原因を突き止め、そして、"治療"するというよりも、人間の生殖のメカニズムについて正しく理解し、そして、"待つ"ということになります。

ただし、成功の確率を高めるために、適切な数の卵子を、出来るだけストレスなく採卵し、そして、出来るだけ卵管や子宮内に近い環境で培養できるだけの高い医療技術を備えた医師やクリニックにかかることは、高度生殖補助医療では必須であるとは思います。

以上、66回アメリカ生殖医学会の学術集会にて発表された、不妊治療の治療成績に関する報告を3つピックアップしてご紹介しました。

初めての体外受精が成功してから30年以上がたち、日本では年間10数万周期の治療が実施されるようになり、これまでの治療データの蓄積は、私たちにさまざまなことを教えてくれています。

データが、そのまま、自分たちの答えを教えてくれるわけでは、決して、ありませんが、自分たちにふさわしい答えを出すための参考になることは間違いありません。

また、自分たちの結果が、果たして、全体からみてどうなのかを知ることは、感じる不安や心配のレベルが違ってきます。