体外受精という治療方法について

2010年11月23日

2010年のノーベル医学生理学賞は、体外受精技術を開発し、世界で初めて体外受精で妊娠、出産に成功した、イギリスのロバート・エドワーズ博士に授与されることが決まったと報道されています。

体外受精が、その後、普及し、多くのカップルに役立ったことが評価されたということであり、そして、この治療法が、もはや、当たり前で、ほぼ安全性の確立された、赤ちゃんの授かり方であることが認められたということではないでしょうか。

そこで、この機会に、改めて、体外受精という方法やその治療成績について、体外受精を検討されているカップルにとって、知っておきたい情報を整理してみたいと思います。


★体外受精とは?

まずは、体外受精とはどんな治療法なのかをみてきます。

▼体外受精の「最大の特徴」は?

体外受精の最大の特徴は、卵子を体外に採り出して、精子と受精させ、3~5日間育てるということでしょう。

要するに、受精や受精卵から胚への発育が、"女性のお腹の中"でおこるのか、"クリニックの培養室の中"でおこるのか、ここが、体外受精とタイミング法や人工授精などの一般不妊治療との最大の違いなんだと思います。

▼体外受精とは「何を補助する」生殖技術なのでしょうか?

体外受精や顕微授精は、高度生殖補助医療と呼ばれていますが、お子さんを授かるうえで、具体的に何を補助するのでしょうか?

以下の3つに集約されるかと思います。

1)確実に卵子と精子を出会わせること。

卵子と精子が出会えていないことを想定し、確実に卵子精子を出会わせようとします。

2)確実に受精させること。

卵子と精子が出会えても受精がおこっていないことを想定し、確実に受精させようとします。

3)妊娠率を高めること。

自然な(1個の)排卵であれば、妊娠の確率が低い(自然妊娠と変わらない)ので、可能な範囲で複数の卵子を発育させて、複数の卵子を採卵し、妊娠に至る力のある卵子に出会える機会を増やすことで、確実に妊娠の確率を上げようとします。

▼体外受精では「どんなことをする」のでしょうか?

それでは、体外受精では、具体的にどんなことをするのでしょうか?

体外受精は、正確には、体外受精・胚移植(IVF‐ET)と言います。すなわち、体外で受精させ、培養する(IVF)こと、そして、胚を子宮に戻し(ET)て、妊娠を目指す治療方法のことです。

さらに、各ステップを詳しくみてみましょう。

(1)卵胞を発育させる(2)採卵する(3)精子を採取して、調整する
(4)卵子と精子を一緒にする(5)受精卵から胚に育てる(※)凍結保存
(6)胚を子宮に戻す(7)黄体ホルモンを補充する


★体外受精のこれまで実績とリスクについて

次に、体外受精の実施数や治療成績、そして、体外受精に伴うリスクについてみてみましょう。

▼どれくらい実施されているのでしょうか?

◎日本は世界一体外受精が実施されている国です(※1)。

日本は世界で最も多くの体外受精を実施している国で、以下、治療数の多いのは、アメリカ、フランス、ドイツ、スペイン、オーストラリア、イギリスの順で、この上位7か国で、世界のほぼ3分の2の体外受精が実施されています。

◎新生児の50人に1人が体外受精や顕微授精で生れています(※2)。

2008年度の体外受精で生れた赤ちゃんは21704人でした。同じ年に生まれた赤ちゃんの総数は109万1156人でしたので、全体の2%、つまり、50人に1人が体外受精で生れた計算になります。

◎体外受精はこの5年で倍近く実施されるようになりました(※2)。

2003年度に101905周期だったのが、5年後の2008年度には、190613周期と、倍近くに増えています。

▼どれくらいの治療成績なのでしょうか?(※2)

◎新鮮胚を用いた治療成績

2008年度の新鮮胚を用いた、採卵あたりと移植あたりの妊娠率と出産率は以下の通りです。

⇒採卵あたり妊娠率10.9%/移植あたり妊娠率21.9%
⇒採卵あたり出産率 6.8%/移植あたり出産率13.6% 

妊娠率、出産率ともに、移植あたりのほうが、採卵あたりよりも高い率になります。それは、採卵しても、必ずしも移植に進めるとは限らないためです。つまり、採卵で治療が終了してしまうケースがあるということです。

その理由としては、採卵しても、卵が採れなかったり、採卵できても受精しなかったり、受精できても受精卵が移植できる段階まで育たなかったりすることが考えられます。

そう考えると、治療あたりの妊娠率や出産率はもっと低くなります。治療をスタートしても、卵が育たず、採卵できないこともあるからです。

次に、母親になる女性の年齢別に出産率をみてみましょう(※3)。

[30歳]治療あたりの出産率17.4%/移植あたりの出産率23.2%
[35歳]治療あたりの出産率15.4%/移植あたりの出産率20.9%
[37歳]治療あたりの出産率11.8%/移植あたりの出産率17.1%
[40歳]治療あたりの出産率 6.1%/移植あたりの出産率 9.9%
[42歳]治療あたりの出産率 3.1%/移植あたりの出産率 5.7%
[44歳]治療あたりの出産率 0.8%/移植あたりの出産率 1.8%

妊娠率や出産率に最も影響を及ぼすのは女性の年齢だということがよく分かります。

◎凍結胚を用いた治療成績

2008年度の凍結胚を用いた、移植あたりの妊娠率と出産率は以下の通りです(※3)。

⇒移植あたりの妊娠率32.2%
⇒移植あたりの出産率20.3%

凍結胚を用いた場合の妊娠率や出産率は、より着床環境の良好な周期に胚移植されるからでしょうか。新鮮胚を用いた場合のそれを上回っています。

◎卵巣刺激方法別の治療成績

体外受精の治療成績に影響を及ぼすのは、女性の年齢の次に卵巣刺激法ですので、卵巣刺激方法別の採卵あたりの出産率をみてみましょう。

⇒自然周期 7.8%
⇒クロミフェン 4.5%
⇒クロミフェン+FSH 4.8% 
⇒FSH 7.1%
⇒GnRHアゴニスト+FSH 12.8%
⇒GnRHアンタゴノスト+FSH 9.1%

自然周期(刺激しない)やマイルドな刺激方法よりも、ロング法やショート法などの排卵をコントロールして、hMGなどの注射薬を使った刺激法のほうが良好な妊娠率が得られます。

このことは、多くの卵子を採卵することが妊娠の可能性を高くするということを証明しています。

つまり、卵巣年齢やホルモンの状態によって、それぞれに最適な卵巣刺激法を選択することが治療の成否にかかっていると言えるのです。

◎単一胚移植の治療成績

単一胚移植とは、多胎妊娠を避けるために、一個の胚を子宮に戻す胚移植のことです。

⇒新鮮胚を用いた単一胚移植率59.9%
⇒新鮮胚を用いた単一胚移植での移植あたり妊娠率21.1%
⇒凍結胚を用いた単一胚移植率67.7%
⇒凍結胚を用いた単一胚移植での移植あたり妊娠率33.6%

普通、子宮に戻す胚の数を少なくなると、妊娠率が低下するような印象がありますが、決して、そのようなことはないことが分かります。

◎多胎率

単一胚移植の普及に伴い多胎率は劇的に下がっています。

⇒多胎率 7.6%(2008年度)
⇒多胎率12.8%(2007年度)
⇒多胎率18.0%(2003年度)

◎治療成績の推移

体外受精の治療成績はどのように推移しているのでしょうか?

⇒2002年度の総治療周期あたりの出産率18.2%
⇒2003年度の総治療周期あたりの出産率17.1%
⇒2004年度の総治療周期あたりの出産率15.6%
⇒2005年度の総治療周期あたりの出産率15.2%
⇒2006年度の総治療周期あたりの出産率14.0%
⇒2007年度の総治療周期あたりの出産率12.2%
⇒2008年度の総治療周期あたりの出産率11.4%

実は、日本の高度生殖補助医療の治療成績は、年々、低下の一途を辿っています。その原因としては、治療を受ける女性の年齢が、年々、高齢化していることや子宮に戻す胚の数が、年々、少なくなっていることが考えられます。

また、治療成績に影響を及ぼすその他の要因から考えると、卵巣刺激法の変化や全体の培養技術の低下なども影響しているのかもしれません。

因みに、2006年度の世界の総治療周期あたりの出産率は22%と報告されています(※1)ので、日本の治療成績は世界標準からみても低いレベルにあるようです。

これについては、技術格差というよりも、欧米では高齢になると卵子提供を受ける治療が日本よりも現実的であることが大きいのかもしれません。

▼リスクについてはどのように考えればいいのでしょうか?

体外受精が世界で初めて実施されてから30年と少しが経過し、その間、この治療方法によるリスクについて、数多くの試験が実施され、研究がなされてきました。

◎治療中のリスクについて

・卵巣刺激の際の排卵誘発剤による副作用

主にはOHSS(卵巣過剰刺激症候群)になりますが、これは、個々に応じた薬剤の選択や投与量や投与法、また、卵胞のチェックによって、一定レベル以上の技術があれば、ほぼ避けることが出来るようです。

・採卵時の出血や感染

一定レベル以上の技術があれば避けることが出来るようです。

◎妊娠、出産に際してのリスクについて

・妊娠、出産前後のリスク

体外受精による妊娠、出産時には、自然妊娠のそれに比べて、さまざまなリスクが高くなるとの報告がありますが、それは、女性の年齢や多胎妊娠によるもので、高度生殖医療そのものの影響であるとは言い切れないようです。

・多胎妊娠

単一胚移植によって、ぼぼ避けることが可能になったようです。

◎出生児への長期的なリスクについて

・出生児の健康状態への影響

・体外受精や顕微授精による出生児の出生後の心身の健康状態は、自然妊娠で生れた子どもに比べて、全く遜色はないようです。

現段階では、体外受精の安全性は確立されたと受け止めてよいのではないでしょうか?

未知のリスクがゼロになったということではありませんが、治療を受けるにあたって、それほど神経質に心配する必要がなくなったと言えると思います。


★知っておきたいこと

最後に、体外受精を検討されているカップルにとって、知っておきたいことをまとめてみましょう。

▼体外受精はどんなカップルに施されるべき治療法なのでしょうか?

まずは、卵管の障害や男性不妊、抗精子抗体、子宮内膜症で、卵子と精子が出会えていないことが想定されるカップルに対して、精子と卵子を出会わせて、受精をバックアップすることで、妊娠を目指します。

また、原因不明不妊で、体外受精でしか妊娠できないことが明らかなカップルに対しても施されます。

なぜなら、精子と卵子が出会えていないことや受精障害は、検査では見つからないこともあるからです。そのため、タイミング法や人工授精を繰り返しても妊娠に至らない場合、言い替えると卵子と精子が出会えていないか、受精障害しか不妊原因が考えられない場合にも体外受精が施されます。

人工授精までの治療に比べて、体外受精は、身体や経済的な負担が大きくなること、未知のリスクは完全には払拭できていないことなどから、より自然に近く、より負担のかからない方法で妊娠できるのであれば、それに越したことはありません。

ただし、不妊治療の目的は、妊娠し、健康な赤ちゃんを授かることです。

もしも、女性の年齢が35歳以上になると、どんな治療法でも著しく妊娠率が低下すること、また、高齢になると卵管の働きが悪くなったり、受精がおこりにくくなる確率が高くなるため、早めに体外受精に移行することが大切です。

▼何が妊娠率を左右するのでしょうか?

体外受精の治療成績をチェックすれば明らかです。

◎母親になる女性の年齢

まずは、最も大きな影響を及ぼすのは母親になる女性の年齢です。言い替えると、卵子の質ということであり、現時点では、根本的な治療が困難です。

◎治療方法(卵巣刺激法)

そに次に影響が大きいのが、それそれに最適な卵巣刺激法を採用して、妊娠できるだけの力を備えた卵子に巡り合う確率を高められるかどうかです。

◎治療及び培養技術

体外受精の最大の特徴は「卵子を体外に採り出して、精子と受精させ、3~5日間育てる」ことです。

そこには、最適な卵巣刺激法を選択し、出来るだけ良質な卵子を、安全かつ、数多く採卵するドクターの技量が要求されます。

そして、採卵した卵子を受精させ、ストレスなく移植できるレベルまで育てる技術、すなわち、培養技術も必須です。もちろん、胚を取り違えないということも含まれます。

▼クリニックを選ぶ際にどんなことに気をつければいいのでしょうか?

これまでみてきたように、体外受精や顕微授精は、それまでのタイミング法や人工授精とは別の医療技術や培養技術が最適な状態(低いストレス)で提供されることが欠かせません。

そのような観点で、体外受精を受けるにあたってクリニックを選ぶ際のポイントを整理してみましょう。

◎施設間で方針は流儀は異なり、それが治療成績に影響することを知ること

ドクターやクリニックによって、考え方や治療の流儀はいろいろあるということ、そして、そのことは治療成績にも影響を及ぼすということを認識することが大切です。

◎治療実績が一定以上であること

高い医療技術や培養技術が培われ、維持されるためには一定以上の実績が必要であることは言うまでもないことでしょう。

日本には高度生殖医療の登録施設が600以上ありますが、その実績のバラツキはとても大きいものがあります。いろいろな考え方や意見がありますが、年間300以上の治療数が一つの目安になり得るかもしれません。

◎患者にあった治療法を提案、実施できること

治療成績を左右する卵巣刺激法は、妊娠率の違いや方法そのもののメリット、デメリットはありますは、絶対的な優劣はありません。

つまり、それぞれの患者に最適な方法を採用することが重要です。

そのため、最適な方法を見極め、提案し、実施できるかどうかがポイントになってきます。

◎そして、信頼の出来るドクターにおまかせすること

不確実性が高く、タイムリミットのある治療では、安心して、治療を受けられる環境はとても大切だと、本当に、思います。

信頼のおけるドクターにおまかせすることが一番大切なことかもしれません。

[文献]

※1)Preliminary global ART data by the International Committee Monitoring Assisted Reproductive Technology 2006

※2)日本産科婦人科学会 ART臨床実施成績

※3)日本産科婦人科学会 2007年度生殖補助医療データブック

※2と※3は、以下のサイトから閲覧することが可能です。