流産について正しく理解する

2007年10月01日

流産を経験することは、女性にとって最も心を打ちのめされることの一つかも知れません。喜びから一転、悲しみのどん底へ、その落差はあまりに大きいものです。ましてや、やっと授かったという経緯があれば尚更のことでしょう。

流産が及ぼす精神面への影響を調べた最新の研究報告があります。それによりますと、心の落ち込みからは徐々に立ち直っても、不安感は1年以上たっても、なかなか拭えない傾向があるというのです。心の痛手は次の妊娠に影響を及ぼさないとも限りません。そして、流産については、意外にも、
知られていないこと、誤解や思い込みが多いようです。であれば"よくあること"だけで片付けるのは間違いです。

"流産について正しく理解"することによって、多少なりとも、そんな漠然とした不安感が払拭できればと思います。

流産はどれくらいの頻度でおこっているの?

まずは、流産はどれくらいの頻度でおこっているのでしょうか。実際のところ、意外に思われるほど流産は頻繁におこっています。いろいろなデータを確認してみましょう。

★ 全妊娠の約15%におこっています

流産とは、「妊娠21週6日までに妊娠の継続が不可能になった妊娠」と、定義されています。そして、全妊娠の約15%におこっています。ただし、そのほとんどは妊娠初期におこっています。

★ 初期の流産は8人に1人の割合でおこっています

流産のほとんどは初期流産です。妊娠12週未満(妊娠11週6日)までの妊娠初期の流産が約13%、妊娠12週以降の妊娠中後期の流産が約2%と、ほとんどの流産は、妊娠の初期におこっています。また、超音波診断で胎児の心拍が確認される妊娠6週頃以降では、流産する確率は5%前後、あるいは、それ以下になるとする報告もあります。エコーで心拍が確認できればひとまず安心というのはこのためです。

★ 女性の年齢が高くなるほど流産率も高くなります

流産は母親になる女性の年齢と強く関連しています。たとえば、34歳未満では、15%であった流産率は、35~39歳になると、17~18%に、40歳以上になると、25~30%と高くなります。ですから、実際には、5~8人に1人の割合ということになります。

また、自然妊娠では約15%であった流産率は、体外受精になると20~25%になり、高度生殖補助医療を受けることでも流産の確率は高くなります。、

★ 生命誕生のプロセスからみると

さて、これまでの頻度は、妊娠確定の診断がなされた後の流産率でしたが、もっと、遡って、受精後以降まで遡ると、なんと、約半数が流産に終わっているのです!ただ、流産とは"妊娠の継続が不可能になった妊娠"とされていますから、厳密に言いますと、受精卵の半分は妊娠に至らないというべきですね。さらに、卵子や精子まで遡ると、そのほとんどは途中で消えていくわけです。

いかがでしょうか?

医学的な定義を横に置いて、少し、視点を変えてみると、印象は随分変わってくるのかもしれませんね。これは、どの時点で新しい生命の誕生と考えるかにも関わってきます。

なぜ流産がおこるのか?

次に、なぜ流産がおこるのでしょうか?結論から言えば"自然淘汰"だとされています。そして、それは、結果として、私たちを守ってくれているということです。

★ 初期流産のほとんどは胎児の染色体異常が原因

初期流産の原因は約70%が胎児の染色体異常によるものとされています。何の異常もない夫婦の間でも、卵子や精子、受精卵に染色体異常が、ある一定の割合で発生します。そして、染色体異常以外の原因も含めると、初期流産の原因のほとんどは、"胎児側"にあると考えてよいのかもしれません。女性の年をとるほど流産率が高くなるのは、女性の年齢とともに、受精卵の染色体異常の割合が高くなるからです。

★ 『私のせい』ではありません

流産は一種の自然淘汰と考えるべきで、予防することも、治療することも不可能なわけです。『あの時に、もっと安静にしていれば・・・』なんて、自分を責める必要はないということになります。

★ セックスのタイミングと流産の関係は?

排卵の5日前から排卵日の6日間が受精可能な期間とされています。そして、排卵の5日前から待機していた精子のほうが、排卵直前に射精された精子よりも流産の確率が高くなるので、出来るだけ排卵のタイミングにあわせて、セックスすることが大切だとする説があるようです。ところが、受精可能な期間であれば、射精してから多少時間が経過した精子であろうと、排卵直前に射精された精子であろうと、流産率には全く影響しないと報告されています。このことは、狙いうちする数少ないセックスよりも、数多くセックスするほうが妊娠につながりやすいことも証明しています。

★ 生殖システムが正常に機能している証拠

ほとんどの初期流産は、母体の身体がちゃんと機能している証拠なのです。ですから、まずは、初めての初期流産は、ある意味、喜ぶべきことなのかもしれません。もちろん、原因が胎児の染色体異常であるという前提に立ってのことですが。

★ また、流産するのでは?

初めての妊娠が初期流産に終わったからといって、次の妊娠も流産に終わってしまう確率が高くなるわけではありません。このことは、大規模な試験で、流産歴がない女性と、1回流産したことがある女性の流産率を比べたところ、有意な差がなかったことから証明されています。

★ 流産後の妊娠はいつから可能?

ですから、決して、悲観することなく、流産後1~2ヶ月以内に月経が再開しますから、流産後は月経が2回程度来てから、あらたな妊娠を試みましょう。

繰り返し、流産するということ

ただでさえ、辛い経験であるにもかかわらず、繰り返し流産してしまうことは、全く、耐え難いことであるはずです。そして、そのことに伴う不安感も、流産が繰り返されるに伴って大きくなるはずです。初期流産の原因はほとんどが胎児側であると言われていますが、流産が繰り返しおこるとなると、やや、様子は変わってくるかもしれません。

ただの偶然が重なっただけなのか、妊娠が維持できない原因が母体にあるのかどうか、不育症の検査を受けてみることが大切です。

★ 反復流産と習慣流産、不育症

流産が2回続いた場合を反復流産、3回続いた場合を習慣流産とよばれます。そして、流産や死産、早期新生児死亡を繰り返す状態を不育症と言います。

★ 反復流産や習慣流産の頻度は?

流産の確率は15%とされていますから、単純計算すれば、それが2回続く(反復流産)確率は2.25%、そして、3回続く(習慣流産)確率は、0.34%という数字になります。ただ、ここで最も気になるのは、胎児の染色体異常が"たまたま"2回、3回と、続いただけなのか、もしくは、母体側に妊娠の維持を妨げている原因があるのかどうかです。

★ 2回、3回と流産が続いても必ずしも異常であるとは限らない

そのことを確率的にみてみますと、まずは、15%の流産のうちの70%が胎児の染色体異常があるわけで、このことは、全妊娠の10%には、"たまたま"胎児の染色体異常があることを物語っています。ですから、この"たまたま"が2回続く確率は1%、3回続く確率は0.1%ということになります。ということは、2.25%の確率で起こり得る反復流産のうち、約半分は、胎児の染色体異常が、アンラッキーにも"たまたま"続いたということになりますね。そして、0.34%の確率で起こりえる習慣流産でさえ、約3分の1は、やはり、"たまたま"だと考えられるわけです。

いかがでしょうか?

数字ばかり、並べて、ややこしいかもしれませんが、何を言いたいかと言いますと、たとえ、流産が2回、3回と続いたからといって、必ずしも、何らかの治療を受けないと、子どもを産めないわけでは、決してないということを知ってほしいのです。

★ たとえ、2回、3回と流産が続いても

このことを証明する研究報告があります。それは、2回流産を繰りかした女性は、何の治療も受けなくても3回目にお子さんを出産する確率は約75%、また、3回流産を繰り返した女性でも、何の治療を受けなくても4回目にお子さんを出産する確率は約55%なのです。とても高い確率で、次の妊娠で出産されるのです。そして、もしも、習慣流産の検査によって、何らかの原因が明らかになって、適切な治療を施せば、次の妊娠で出産できる確率は、さらに、高くなるということです。

★ ただし、流産が2回続いたら検査を受けるのが望ましい

このような客観的な目を持ちつつ、やはり、流産が2回続いたら、念のため検査を受けるべきでしょう。夫婦揃って受ける必要あります。また、費用は自費になりますので、約20万円程度です。

なぜ繰り返し流産がおこるのか?

流産が繰り返しおこる原因としては、胎児の染色体異常だけでなく、母体側に何らかの妊娠を妨げる要因が存在する可能性が出てきます。ただし、何とも悩ましことに、たとえ、詳しい検査を受けても、
原因が明確になることは、むしろ、少数派で、たとえば、習慣流産のカップルで、明確な原因が特定できるのは、およそ15%くらいだとされているのです。不妊症と同様に、原因が分からないというケースも少なくありません。

★ 母体側に存在する原因にはどんなものがあるの?

◎夫婦側に染色体異常がある

反復流産のカップルの約4%、習慣流産のカップルの約7%に、染色体異常がみつかるとされています。そして、残念ながら、この染色体異常は治療できません。ただし、早合点しないでいただきたいのですが、お子さんを持つことが絶望的では、決して、ありません。もしも、検査で夫婦のどちらかに染色体異常があることが判明した場合は、治療ではなく、遺伝カウンセリングを受けることになりますが、確認しておきたいのは、たとえ、夫婦のどちらかに染色体異常があったとしても、健康なお子さんをもつ可能性が半分以下になることはないということです。

また、最近は染色体異常による習慣流産のカップルに、着床前診断が許可されるケースも増えてきています。ただし、体外受精による治療になり、また、倫理面の問題もあり、まだまだ、一般的な治療法にはなっているわけではありません。

◎子宮奇形

不育症全体の約15%くらいとされています。女性の子宮の形は顔と同じで、多かれ少なかれ、異なるようです。そして、奇形だからといって、必ずしも、流産するとは限りませんが、その程度によっては、流産の原因になります。治療は手術によります。

◎自己免疫異常

不育症全体の20%くらいとされています。これは、自分の身体の一部を間違って異物として認識してしまい、抗体をつくることで、血液が固まりやすくなって、胎盤に血栓が出来て、胎児に血液の供給が十分でなくなってしまいます。代表的なのが「抗リン脂質抗体」です。治療はアスピリンやヘパリンといった薬物療法です。

その他、妊娠を維持させる黄体ホルモン不全、ポリープや筋腫などの子宮内環境、糖の代謝異常や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、クラミジア等の感染症など、多岐に渡ります。

また、検査を受けても原因が分からないといってケースでは、夫リンパ球免疫療法を実施する病院もあるようですが、その有効性が確立されているわけではありません。

唯一の確立された治療法は「テンダー・ラビング・ケア」だけ

昨年の5月、ヨーロッパ生殖医学会の専門誌に、イギリスやデンマークの研究チームが、それまでの信頼度の高い研究報告をひとつにまとめ、分析した結果、習慣性流産の検査や治療についてのガイドラインを発表しました。その内容は、ある意味、ショッキングなものでした。

★確立された治療法はTLC(Tender Loving Care)だけ

それは、習慣流産の夫婦に施されるべき確立された治療法は、TLC(Tender Loving Care)だけだというのです。さまざまな薬物療法は、さらなる無作為比較対照試験による有効性の吟味が必要で、
夫リンパ球免疫療法などは有効性が証明されていない治療法とされ、妊娠初期、中期にステロイドを投与するのは、有効性よりリスクがある治療とされているのです。

★ テンダー・ラビング・ケアとは?

そのTLC(Tender Loving Care)とは、英語の意味するとおりで、まるで、ラブソングのタイトルのようです。"優しく、愛情をもって、接し、いたわる"とでも訳せるでしょうか。驚きますよね!また、喫煙やダイエット、飲酒についてのアドバイスも、有効で必要なこととされています。

★ テンダー・ラビング・ケアの有効性

専門家の間で、TLCのことが、驚きをもって、知られるようになった有名な論文があります。それは、1984年にスウェーデンの研究チームによるもので、連続して3回以上流産を繰り返した女性195人を、9年間追跡調査したもので、なかには、13回の流産を経験した女性もいて、195人の女性の流産の総数は773件だったそうです。被験者をTLCを受けたグループと受けなかったグループに分けて、原因にあるカップルには適切な治療を施したのですが、その結果、TLCを受けたグループでは86%のカップルが出産に成功し、受けなかったグループでは33%だったというのです。

★ ストレスが大きな要因になっている可能性

このことは、何を意味するのでしょうか?流産を繰り返すということのメカニズムはとても複雑で、まだまだ、医学的に十分に解明できていないため、決定的な治療法が存在しないということ、また、たとえ、流産を繰り返す原因があったとしても、さらには、ストレスが流産を引き起こすという確たる証拠はなくても、メンタルな不安感が流産に少なからず影響していると、考えられるのが自然ではないでしょうか?

最後に

いかがでしょうか?流産への不安は、女性のほうが強く、当事者でないと分からないものでしょう。そして、流産のメカニズムやその対策について、私たちには、誤解や思い込みが少なくないようです。

最後に強調したいことは、流産したからといって、それほど悲観的になることはないということ、でも、だからといって、なめてかかってはいけません。流産後は、夫婦でしっかりと協力しあって、お互いの心が癒されるように、いろいろ、工夫してみることが大切です。そして、流産するということから目をそらさずに、正しく認識するということです。妊娠しやすいカラダづくりは、きっと、流産を克服するカラダづくりでもあると信じます。

[文献]

・流産の医学 仕組み、治療法、最善のケア ジョン・コーエン(みすず書房)
・「不育症」をあきらめない 牧野恒久(集英社新書)
・「女性の医学」佐藤孝道先生