編集長コラム

細川 忠宏

バランスに目を向ける

2022年09月05日

出産後1、2週間から数か月で10〜20%の頻度で生じるとされている産後うつですが、妊娠前や妊娠中からの食事パターンが発症に影響を及ぼすという研究報告(1)があります。

果物や野菜、魚、穀物、豆類、ハーブを中心としたバランスの取れた食事を食べている女性は発症率が低いというもので、摂取栄養素という観点から言えば、魚の油に豊富なDHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸が鍵になるのだそうです。

オメガ3脂肪酸と妊娠中の抑うつ症状との関係は日本でも研究されていて、富山大学の研究グループは、血中のEPAやDHAの濃度を妊娠前期に抑うつ症状のあった283人と、なかった283人とを比較したところ、EPA濃度が高い女性ほど抑うつ症状になりにくかったと報告しています(2)。

このオメガ3脂肪酸、妊娠前から妊娠中、出産後まで、母親になる女性だけでなく、その子どもの心と身体の健康に影響を及ぼすことがわかっています。

そのため、妊娠希望のカップルにとって、特に意識しておきたい栄養素です。

ところが、このオメガ3脂肪酸を補充する上で大切なことが、意外に知られていないようにおもいます。

それは、オメガ3脂肪酸は摂取しておきさえすればそれでよいというわけではないということです。

どういうことかと言いますと、オメガ3脂肪酸を積極的に摂取するだけでなく、同時にオメガ6脂肪酸を摂り過ぎないように気をつける必要があるということです。

なぜなら、オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸のバランスが重要であるからです。

オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸は、体内で変換され、互いに相反する作用をもつ、局所的にホルモンのような働きをする物質になります。

最終的に、オメガ3脂肪酸は抗炎症、血管拡張に、オメガ6脂肪酸は炎症促進、血管収縮に働く物質になるのです。

そして、加工精製食品が多く出回っている現代の食環境では、それらのバランスがオメガ6過多、オメガ3不足に傾きがちです。

その結果、炎症体質や血流悪化を招き、さまざまなアレルギーや生活習慣病のリスクを高めることになっているのではないかと考えられています。

妊娠や出産には炎症体質が招く慢性炎症が大敵です。

そのため、オメガ3脂肪酸を補充するだけでなく、それと同時にオメガ6脂肪酸を減らさなければ、「片手落ち」になりかねないというわけです。

具体的には、脂肪の多い魚や亜麻仁油、葉物野菜、ナッツ類などオメガ3脂肪酸の豊富な食品を増やしたり、DHAやEPAのサプリメントを補充したりする一方で、揚げ物や加工食品、スナック菓子類を大きく減らすということです。

また、オメガ3脂肪酸を増やす場合、DHAやEPAのサプリメントは有用ですが、それだけに頼るのも、また、「片手落ち」と言わざるを得ません。

たとえば、DHAやEPAのサプリメントよりも、なぜかはわかりませんが、魚を食べるほうが体内への吸収率が高いことが知られています。

そのため、オメガ3脂肪酸を摂取するには、イワシやサバなどの脂がのった小型の魚を食べる頻度を増やし、食材全体の加工度を低くし、その上でDHAやEPAのサプリメントを補助的に摂取するのが理想的です。

オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸は体内でつくることが出来ないため必須脂肪酸と呼ばれていて、外から(食べて)取り入れるしかありません。

そのため、食べ方はそれらのバランスを決定することになり、食事全体を調整し、バランスをよくすることが大切です。

一説にはオメガ6脂肪酸、2に対してオメガ3脂肪酸、1が理想的な比率と言われています。

このような、必須脂肪酸のバランスの乱れが招く、「血流悪化」や「炎症」だけではありません。

たとえば、ストレスによる自律神経のバランスの乱れも、「血流悪化」や「炎症」を招きます。

自律神経には、血管収縮に作用する交感神経と血管拡張に働く副交感神経があり、ストレス下では、交感神経有意になるからです。

食事内容と違い、自律神経はコントロール出来ませんが、唯一の例外があり、呼吸によって、ある程度、調節が可能です。

吸うと交感神経の、吐くと副交感神経の働きが高まります。

それを利用し、自律神経を整える呼吸法の基本は4秒吸って8秒吐きます。

ここでは、1対2のバランスです。

リラックスしている時には私たちの呼吸はゆっくり深くなります。そのため、ゆっくりと深い息をすると緊張感がほぐれ、副交感神経の働きをアップさせることができるというわけです。

同じように、生殖機能に影響を及ぼす「酸化ストレス」しかり、「インスリン抵抗性」しかり、「子宮内フローラ(細菌叢)不良」しかり、です。

それらは卵子の老化を早めたり、着床環境を悪くしたりするとされていますが、単に、抗酸化物質や抗酸化サプリメント、糖尿病薬、乳酸菌を、摂取しさえすればよいというわけではありません。

酸化ストレスやインスリン抵抗性、細菌叢不良を招いているバランスの偏りがあるはずです。

その偏りを整えることが肝要です。

慢性炎症が抗生物質だけでは改善しない、改善しても再発を繰り返すような場合、食事の偏りやストレスが邪魔しているのかもしれません。

あらゆるバランスに目を向けてみましょう。

文献
1)Matern Child Health J. 2020; 8: 966
2)Transl Psychiatry. 2016; 16: e737.