編集長コラム

細川 忠宏

心の苦痛を大きくしているものについて考える

2019年09月02日

体外受精を受けているカップルを対象に、それぞれの治療段階(hmg注射・hcg注射・採卵・受精確認・胚移植・胚移植8日目・妊娠判定時)のカップルの心の苦痛のレベルを測定した研究報告(1)があります。

それによると、カップルの心の苦痛レベルは、胚移植後までは、ほとんどフラットですが、妊娠判定時にだけ飛びぬけて高くなることがわかったというのです。

このことは、体外受精における心の苦痛の源は、治療結果を知らされることにあるということを物語っています。

つまり、心の苦痛の最も大きな原因は、"治療が報われないこと"にあると。

その一方、妊娠の秘訣は、その時々の結果に一喜一憂することなく、たんたんと治療を受けるということだと、ドクターの経験則として語られることがよくあります。

要するに、心の状態をフラットに保つということです。

なんと、難しい注文なのでしょうか!

子どもがとても欲しいからこそ、体外受精を受ける、体外受精を受けたからこそ、いやがうえにも期待が高まる、期待が高いからこそ、妊娠に至らなかった時の心の苦痛は大きくなる、この、心のアップダウンは、治療を繰り返すたびに大きくなっていきます。

次こそは!が、加わっていくからです。

この、心の中の連鎖反応は、全ての起点になっている、「子どもがとても欲しい」がなくならない限り、断ち切れるものではありません。

であれば、断ち切れないにしても、せめて、妊娠にマイナスになるくらいの過度な連鎖にならないようにはしたいものです。

そにために知っておいたほうがよいと思うことを3つ挙げてみたいと思います。

まずは、不妊治療、特に体外受精に臨むにあたって、予め、このことを知っておくということが大切ではないかと思います。

心が強くとか、弱いとかに全く関係なく、このような負の連鎖が、誰にでも起こり得ることを知っておくということです。

なんだ、そんなことかと思われるかもしれませんが、たいていは、知らぬまにそうなっていたとか、こんなふうになるとは思っていなかった、誰も教えてくれなかったというようなことを、これまで、繰り返し聞いてきたからです。

知らないままに臨むか、知ったうえで臨むか、その違いは大きいはずです。

次に、ヒトに固有の妊娠確率があるということを知っておくということです。

若い健康なカップルが適切なタイミングで性交渉をもっても、その周期に妊娠に至る確率は、せいぜい、20-30%と言われています。

一方、体外受精を受けたとしても妊娠に至る確率が100%近くになるわけではありません。なんらかの原因で低下している妊娠率が元に戻ることは期待できたとしても、ヒトに固有の妊娠確率を上回ることはありません。

なぜなら、体外受精では、卵管をバイパスすると言っても、決して、卵胞や胚の発育のプロセスをバイパスしているわけではないからです。

そのため、治療を受けていても、妊娠は確率論であることに変わりないということも、知っておくべきです。

そして、最後にカップルに固有の妊娠に至る時期があるということを知っておくということです。

年齢や不妊原因、妊娠出産歴の有無など、医学的に妊娠率に影響を及ぼすものやことが同じカップルであっても、不妊治療を開始すれば同じ時期に妊娠に至るというわけではありません。

おそらく、妊娠の成立に関与するものは、私たちが知らないものも含めて存在しているのでしょう。

当然、それらをコントロールすることはできません。

意外に早く妊娠に至るカップルもいれば、予想以上に長い期間、妊娠に至らないカップルもいるということです。

いかがでしょうか?

一言で言えば、過度な期待を抱くことなく、認識と現実のギャップをできるだけ小さくするということになるのかもしれません。

特に、IT技術が進歩し、さまざまなことがショートカット的に便利に処理できるようになると、そのことが当たり前な感覚になると、生殖のプロセスまでショートカットできるかのような感覚になってしまわないとも限りません。

そんな脳の感覚と身体の営みのスピード感のギャップは、不要なストレスや焦り、不安、心配を大きくし、いいことなど、なにもありません。

妊活とは、妊娠を促進するための活動でもなんでもなく、私たちの身体の働きについて勉強し、理解を深めることに他ならないと思います。

1)Social Science & Medicine. 2011; 73: 87.