編集長コラム

細川 忠宏

"出来ることはやっておきたい"にうまく対処する

2019年08月06日

卵子の老化、すなわち、年齢による妊娠率の低下に対しては、有効な治療法がありません。

ただ、妊娠の確率はゼロではありません。

なので、治療を繰り返すことになるわけですが、次こそはという思いから、少しでも可能性が高くなるようなことはやっておいたいと考えるのは、当然のことと思います。

貴重な時間やお金を費やしているとなれば、なおさらのことです。

ところが、この、少しでも可能性が高くなるように"出来ることはなんでもやっておきたい"に対してうまく対処しないと、かえって、可能性を低くしてしまうことになってしまいかねません。

たとえば、妊活サプリと称して販売されているサプリメントに「イソフラボン」が配合されていることがよくあります。

イソフラボンは植物性エストロゲンと言われていて、本物に比べれば作用は弱いものの、女性ホルモンに似た働きがあります。

エストロゲンとか、女性ホルモンであれば、妊娠によいだろうと考えているのかどうか分かりませんが、もし、そうだとしたら、あまりにも短絡的な考えだと言わざるを得ません。

ダイゼインやゲニステインといった植物性エストロゲンは、子宮内膜の脱落膜化にマイナスの影響を及ぼす、つまり、胚の着床の障害になるかもしれないというスペインの研究が、アメリカ生殖医学会誌の電子版に掲載されています(1)。

そもそも、植物性エストロゲンが、本物のエストロゲンのような作用があるのは、エストロゲンと化学的な構造が似ていることから受容体に結合するためです。

そのため、プラスに働くか、マイナスに働くかは、さまざまな要因に左右されることになり、予測がつきにくいところがあります。

実際、アメリカ産婦人科学会は、植物性エストロゲンを含むサプリメントについて、かえって、女性にとってマイナスに作用することがあるという公式の見解を示しています(2)。

要するに、妊娠希望の女性にとってイソフラボンなどの植物性エストロゲンが含まれるサプリメントは避けるのが無難なわけです。

くれぐれも誤解しないでいただきたいのは、あくまで、サプリメントでイソフラボンを摂取した場合であり、大豆や豆腐など、大豆食品として食べる分には全く問題ないどころか、栄養学的な観点からは、積極的に食べるべきです。

あるいは、主治医が治療目的で使用するという場合でも、話は別で、ここでは自己判断で使用することを想定したお話であることをお断りしておきます。

それでは、"出来ることはなんでもやっておきたい"に対して、どのように対処すべきなのでしょうか。

やはり、なんのためにやっておくのか、目的を出来るだけ意識することに尽きるのではないかと思います。

サプリメントであれば、必須栄養素であるにもかかわらず不足しているから、もしくは、不足を予防するため、あるいは、卵の成育や質の維持、着床に障害になるようなリスクファクターが存在し、その対策として、などです。

そのことを裏付ける研究報告やデータを確かめておくことも大切です。

ところが、「なんとなくよさそう」だとか、体験談があるからとか、「専門家や著名人が推薦しているから」というのは、"やっておく"という理由にはなり得ません。

一方で、過度な不安や心配は、不要なことやものに手を出し、不要なコストをかけさせるようになりがちです。

適度な不安や心配は、適切な対策を講じ、必要なコストをかけるための必要条件なのかもしれません。

 "出来ることはやっておきたい"という、前向きな姿勢は、物事を進めるエンジンになりますが、もしも、進む方向が間違ってしまうと、取り返しがつかないことになってしまわないとも限りません。

文献)
1)Fertili Steril Article in Press https://doi.org/10.1016/j.fertnstert.2019.06.014
2)Fertil Steril 2012; 98: 308