編集長コラム

細川 忠宏

ヨーロッパの長寿食研究が教えてくれること

2018年04月02日

地中海食に近い食習慣の人ほど、体外受精の治療成績が良好であることは、度々、お話してきました。

改めてどんな食べ方かと言いますと、ギリシャの政府機関の資料に以下のように記載されています。

毎日食べるのは全粒穀物(8皿)、野菜(6皿)、果物(3皿)、乳製品(2皿)で、オリーブオイルをふんだんに使います。そして、魚、鶏肉、豆類、ナッツ類、いも類、卵、菓子類(週に3〜6皿)は隔日からほぼ毎日食べます。それらに対して、牛肉(月4皿)はあまり食べないとのこと。

この地中海食、健康効果が世界で最も研究されている食事法なのです。

因みに、これまで心臓病やがん予防、認知機能の改善から長寿効果まで、2000を超える数の論文が出ています。

地中海食に特有の食材には脂肪酸やポリフェノール、リコピンが豊富で、それらの抗炎症作用や抗酸化作用が生活習慣病の予防やアンチエイジング効果に働くのではないかと考えられているようです。

ただし、この食べ方を取り入れていさえいれば、誰でも同じような効果が得られるとは限らないという、ある意味、ショッキングな研究報告がなされてるのです!

それは、いわゆる、「長寿食」研究を目的としたEUのプロジェクト、「NU-AGE」の一環として実施された研究です。

イタリアとフランス、オランダ、イギリス、ポーランドの5カ国の65歳以上の高齢者、約1200名を対象に、1年間、地中海食を食べてもらい、「老けやすさ」の指標の変化を、地中海食を食べなかったグループと比較しています。

その結果は、驚くべき、かつ、興味深いものでした。

イタリアとオランダの地中海食グループの高齢者は「老けやすさ」の指標が低下した一方、イギリスでは変わらなかったというのです。

要するに地中海食の効果には人種差があったというわけです。

研究グループでは、その理由のひとつとして、「腸内細菌叢」の違いを挙げています。

腸内細菌叢とは、ヒトや動物の腸内で一定のバランスを保ちながら共存している多種多様な腸内細菌の集まりのことで、腸内フローラとも呼ばれています。

私たちは膨大な数の微生物と共生していて、たとえば、腸内だけでも、およそ4000種類の微生物が100兆個が存在していることが知られています。

そして、この微生物は栄養素の消化や吸収、活用の制御から、免疫やホルモン、神経系にも関与していることがわかっています。

そのため、全く同じものを食べても、腸内の微生物の種類や組み合わせが異なれば、その効果も異なるというわけです。

このことは、私たちに2つのことを教えてくれています。

まずは、伝統的な食べ方が最も適した食べ方である可能性が高いということ。

もしも、そうであれば、日本人であれば和食ということになり、昔から習慣的に食されてきた食材や調理法をベースにするのが栄養摂取方法として最も有利なのかもしれません。

もう1つは、食は腸内環境とセットで考えるべきであるかもしれないということ。

「なにを、どれだけ食べるか」だけでなく、「食べたものがどのように吸収され、活用されているか」、すなわち、「腸内環境」も含めて考えないと片手落ちになってしまうのではないかと。

もちろん、自分の腸内細菌の種類や組み合わせを検査することは可能ではありますが、未だ一般的になっているとは言えません。

そのため、昔から言われているような、便通や毎日の排泄物の状態への意識を高め、腸内環境を整えるとされている食生活や生活習慣に改善するということになるでしょうか。

実際のところ、これら2つは密接に関連しています。

腸内細菌叢は私たちが食べたものを「餌」として生きていますので、腸内環境は食習慣に大きく左右されるからです。

要するに、伝統的な食習慣は、日本人にとって最適な腸内細菌を育て、健康状態の最適化になるというわけです。

もう1つ、付け加えておきますと、抗生物質の乱用はターゲットとする悪さを働く細菌だけでなく、必要な細菌まで殺してしまい、腸内細菌叢の組成を悪化させてしまうことが知られていますが、食品中の細菌の増殖を防ぎ、腐りにくくする食品添加物も過剰に摂取すると同いようなリスクがある可能性があるという意見もあります。

最近の遺伝子解析技術の進歩で、微生物の種類や組み合わせが、より網羅的、かつ、正確に調べることが可能になり、この分野の研究が急速に進歩しています。

これからは、生殖機能も含めた心身の健康を改善し、維持していくためには、私たちと共生している微生物とうまく付き合うことが必須であることが、どんどん、明らかになってくるに違いありません。