編集長コラム

細川 忠宏

Sさんの"感謝ノート"のこと

2012年11月05日

あることがきっかけでメールをやりとりするようになってかれこれ5年になるSさんから不妊治療を卒業したとの知らせをいただきました。

子どもをあきらめたと言えば、ウソになるけど、ようやく、これから二人の生活を楽しもうと思えるようになったと。

一時、「やめたいけれどもやめられない」というメールをもらっていたので、いろいろな葛藤があったのだとは思います。

ただ、とても印象に残っているのはSさんの"感謝ノート"のことです。

毎晩、その日を振り返って、ちょっと強引にでも(笑)、感謝に値する出来事を書き留めるノートです。

不妊治療を受けていると、悲観的になることが多かったので、そんな気持ちを紛らわせるために始めたのだそうです。

とにかく、日課として感謝ノートをつける、そうすると、何もなかったような日でも、最悪だった日でも、なにかしら感謝すべきことが起こっていることに気づいたと言うのです。

そして、そんなふうに感謝ノートをつけていると、普段の生活の中でも、些細なことに喜べるようになったのだそうです。

私の目から鱗が落ちたのは、"どうしたら妊娠できるのか?"を求め続ける毎日から、次第に"どうしたら毎日が充実するのか?"と、前を向けるようになったと、Sさんから教えられたときです。

子どもを持つことそのものではなく、『充実した毎日の生活を過ごすこと』、それこそが、二人が結婚した目的でしょう。

不妊治療は、あくまで、一部のカップルに子どもが持てるように補助してくれるだけです。

生活を充実させるのは、子どもを授かっても、授からなくても、二人が日常で、"喜べることを見出せるかどうか"です。

ただし、そのことを頭ではわかっていても、現実には、自分を責めたり、自分に烙印を押したり、夫や両親に申し訳なく思ったり、世間の価値観が気になったりして、簡単にできることではないと思います。

ところが、治療の終了を決断すること、子どもを授かることができなかった自分たちを認めること、子どもを持つことが幸せな人生の必要条件ではないことを自分たちで見極めるために必要な力を、"感謝ノート"が与えてくれたというのです。

日常の喜びをいつから見出すか?

今からでしょう。