編集長コラム

細川 忠宏

何を信じればいいのか分からないということについて

2007年02月11日

例の納豆ダイエット捏造事件で、「いったい、何を信じればいいのか分からなくなった」、そんな、ちょっとした怒りを含んだ声があちこちで聞かれます。

報道番組ではないにしても、データを示したり、大学の先生へのインタビューや実際の実験をやったりして、それっぽい、情報番組の体裁をとっていたわけですから、なんていうか、ちょっと、裏切られたような気分になってしまいますね。

ただ、所詮、テレビの番組の製作者なんて面白おかしくするためには、内容を誇張するだけでなく、捏造するなんていうのは日常茶飯事でしょう、なんて冷静で、大人な声も多く聞かれます。
テレビだから、そして、有名な人や偉い人が言っているから、だから正しいのだろうと思ってしまうこと自体が、そもそも間違いだということですね。

ところで、この「何を信じていいのか分からない」というのは、皆さんからいただく不妊治療に関する相談においても、実は、よくよくお聞きするフレーズなんです。

よくあるケースとしては、人によって、アドバイスしてくれる内容が違うというもので、中には、同じクリニックなのに、先生によって言うことが違うなんていうこともあったりします。
経験者や専門家でさえ言うことが違うというのに、「いったい、何を信じればいいの」ということになるわけですね。

なぜ、こんなことが起こってしまうのでしょうか?

それは、おそらくは、誰にでも当てはまる一般的な正解がないのにもかかわらず、他人に、自分の正解を求めてしまっているからだと思うのです。

それこそ、どこかの大臣の失言問題ではありませんが、人間の身体は機械ではないわけです。

たとえば、70%の人に効く薬は、とんでもなく効く薬ということになるのですが、それでも、30%の人には効かないのです。

また、50%の確率で治るけれども、副作用がおこる確率が30%あるような治療法であれば、たとえ、医師といえども、治る50%に賭けてみようとするのか、30%のリスクを回避しようとするのか、目の前の患者さんによって、判断が異なるのは当たり前でしょう。

それほどに、人間の身体というのは、遺伝子の配列が一人一人異なる超個性的な生き物なわけです。

ですから、アドバイスを受ける場合は、結論よりも、どちらかと言えば、考え方を重視すべきだと思うわけです。

妊娠率を優先したのか、安全性を一番に考えたのか、要するに、なぜ、その結論に至ったのかということを参考にすべきです。

方法論を提示されても、なかなか、判断は難しいものですが、考え方や価値観、もっと言うと、好きか嫌いで考えてみればどうでしょう?

少しは、決断へのステップを進められるようになるかもしれません。

いずれにしても、正解は外には、なかなか見つからないものです。

人の身体や考え方、価値観は、それぞれに異なるものですから、正解そのものを求めるのは無理があります。

そうです、正解は自分たちで出すしかないのです。

ですから、何かを信じるのではなく、自分を、自分の眼を、耳を、そして、自分の感性こそを、また、パートナーとの関係や未来を信じるべきで、さらには、それらを常に磨く努力は、怠らないようにしたいものです。

なぜなら、それらは、間違うことはあっても、決して、裏切ることがないからです。