編集長コラム

細川 忠宏

どこまで不妊治療を続ける?

2004年03月14日

3月12日の金曜日、第3回日本不妊カウンセリング学会の学術集会が東京で開催され、私も出席してまいりました。

"不妊カウンセリング"と聞くと、不妊に悩むカップルのカウンセリングに携わる人、というイメージをもたれるかと思いますが、日本不妊カウンセリング学会の会則の"目的"には、こう書かれています。
「不妊カップルが最適の不妊治療を受けることができるように不妊カウンセリング・ケアの発展と普及をはかる」云々と。

ここで言うところの、 不妊改善のための具体的手段は、"不妊治療"なのです。
解決策が不妊治療ですから、 カウンセリング内容はというと、治療内容の説明や治療を受けるにあたっての不安の解消などで、不妊治療を受ける方々の心のケア、ということになります。そして、たいていは、不妊専門クリニックの職員です。
ですから、厳密に言いますと、 不妊カウンセリングというよりも、不妊治療カウンセリングというべきかも知れません。

そして、今回の学会のシンポジウムのテーマは、「どこまで不妊治療を続けるか?」でした。

不妊治療を受けることになると、いったい、どこまでの治療を、どれくらい受ければ妊娠出来るのか、誰しも期待半分、不安半分で思うところです。5名の医師や不妊カウンセラーであるシンポジストの方々からは、実際の事例を通じて、どのようにこの問題に取り組んでおられるかの発表がありました。
シンポジストの方々が一様に指摘されていたのは、「大変難しい問題である」ということ、「それぞれ個別性が強く、一般化、マニュアル化することが出来ない」、ということでした。

実際の医療現場では、ステップアップ治療の各ステップの治療法の妊娠率や年齢による妊娠率の推移などのデータを客観的に示し、これまでの治療の個別的な状況を伝え、「これからどうするかは、ご主人としっかりとご相談してみて下さい」と、あとは、それぞれのご夫婦の意思に任せる、というのが一般的であるように思いました。

不妊治療の成功率は、たとえ、ステップアップして高度な生殖医療を受けることになっても、その成功率は、自然妊娠とほど同じ確率で20~25%と言われています。

これは、妊娠を妨げている原因を全て把握し、それを取り除くことは不可能であることを物語っています。

であれば、どこまで治療を続けるか、という悩みに対しては、妊娠のための"スキル"を提供する立場である医師、看護師、そして、不妊"治療"カウンセラーには、 限界があるように痛感しました。

本来、治療をどこまで続けるかというのは、治療を受けている本人が決めるべきことです。
ところが、なかなか本人が決めることが出来ない現実があって、こんなテーマが出てくるわけです。

子供が欲しくて、 多大な肉体的、精神的、経済的な負担を覚悟の上で、治療を受けてきたわけですから、可能性がゼロでない限りは治療を続けたいというのが人情です。

ということは、不妊治療の終わりというのは、"ラッキーにも"治療が成功してハッピーエンドで終えるか、"不運にも"カラダも財布もついていけなくなって悲劇で終わるか、になってしまいます。

どういうことか、採卵出来なくなるか、採卵出来ても移植する状態に卵が育たなくなるか、はたまた、貯金がなくなって高額な治療費が払えなくなるまで続けてしまう、ということです。

なにを極端な、と思われるかも知れませんが、患者に決めてもらわざるを得ない、限りは、それが現実です。

これでは、余りにも辛い結末であると言わざるを得ません。

ましてや、それまで、「いつか妊娠できるから頑張って」なんて、安易な言葉で励ましてきたとしたら、最後はどんな声をかけて、お茶を濁すのでしょうか?

私の思うところを少しお話させていただければと思います。

まずは、不妊治療の受け方に問題があるように思えて仕方がないのです。
先生に妊娠させてもらうのではなく、自分が妊娠するために医療技術を自らの意思で選択して受けるという意識が大切なのではないでしょうか。

自分が主体で治療という"一つの選択肢"を自ら選ぶという姿勢であれば、治療のスタートにおいて、治療の成功率が100%ではないわけですから、例えば、何回までこの治療を受けるか、そしてダメだったらどうするか、 も想定出来ると思うのです。

言われるがままに治療を受けていれば、そんな発想には絶対になれません。
たまに話しを聞きますが、「俺に任せれば妊娠させてやる」なんて医師は、一見、頼りがいがあるように見えますが、とんでもない傲慢なことで、もしも、治療が上手くいかなければ、一体、私はどうすればいいのー、と言いたくなりますよね。
こんなに辛い目にあわせて、お金をつかわせて、なんていう被害者意識に捕らわれてしまうなんて悲しすぎます。
あくまで、自分が主体であるという姿勢が大切です。

次ぎに、不妊治療の終わりは、新しいスタートであるという考え方です。
結局のところ、不妊治療を止めるということは、子供を諦めるということです。

もっと言いましょう、不妊症という病気は、子供を諦めた途端に治る、 とはよく言われることです。
あえて、誤解を恐れずに言えば、いつ不妊治療を止めるのか、自分で決められない状況までくると、不妊症というのは、一面、"心の病"でもあるわけです。
要するに、ないものねだり、です。

ですから、これも良く聞くことですが、不妊治療を続けている限りは、 可能性があるので、へんな安心感がある、治療を止めることは、 そんな安心感さえも奪われてしまう、と。

これでは、なかなか救われません。
不妊治療の成功がゴールでは決してないこと、子供を持つことが人生における幸せになるための必要十分条件ではない、という考えになれるよう、少し視点を変えてみることが必要ではないでしょうか。

いかがでしょうか?

ところで、いつまで不妊治療を続けるかという悩みは、このように大変難しい問題なのですが、実際のところはどうなんでしょう。
やはり医療現場から提起されたテーマであるような気がするのです。
というのは、果たして、みんながみんなそんな悩みを抱くまで、治療を続けているのだろうか、と思うわけです。
それについて、 アメリカ生殖医療学会が発行する学術雑誌、「FERTILITY AND STERILITY」の 2月号に、スウェーデンでの体外受精を受けたカップルについての大規模な調査の結果が掲載されています。

どんな調査かと言いますと、スウェーデンの大学病院の不妊治療センターにおいて、974組の体外受精を受けたカップルを対象に実施されています。
それによりますと、1度の体外受精後、4分の1の242組が不妊治療を止めているのです。
そして、その理由として、心理的な負担の大きさを挙げているのが、26%と最も多く、次いで、治療の成功率の低さが、25%、自然妊娠したからという理由が19%、以下、離婚のためが15%、カラダの負担が6%、病気のためが2%となっています。

スウェーデンの調査ですから、日本でもこのような状況かどうかは 分かりません。

いずれにしても、体外受精等の不妊治療にかかるストレスが、相当なものであることは同じでしょう。

治療を始める前に治療内容、治療の成功率、副作用のことについての 正しい情報を把握したうえで、主体的に選択した結果として治療を受けるというスタートが、最も重要なことです。

その辺りが未整備なのにもかかわらず、いつまで不妊治療を続ければよいかという悩みにどう答えるのか、いくら議論しても不毛なように思います。