編集長コラム

細川 忠宏

ART全盛時代だからこそ、性生活の大切さを考える

2017年12月19日

2017年も残すところあと2週間となりました。そこで、2017年を振り返ってみたいと思います。

今回はその1として、「不妊治療のベースは性生活」ということで、体外受精全盛の時代だからこそ、妊娠、出産のベースになるのは夫婦間の性生活であるというお話をしたいと思います。

日本人カップルの性交回数は世界で最も少ないという英国のコンドームメーカーによる調査が有名です。

ただ、そんなことを海外から言われるまでもなく、不妊治療をはじめるカップルにはセックスレスが多い、いや、ほとんどのカップルがセックスレスだと言っても過言ではないと、不妊治療専門医は口を揃えられます。

妊娠率に最も影響するのは「女性の年齢」であることは、よく知られていると思いますが、その次は「性交回数」なのです。

アメリカ生殖医学会の委員会見解(1)には、毎日性交するカップルの周期あたりの妊娠率は33%なのが、週1回になると15%に低下するとの記載があります。その一方でタイミングをあわせて性交をしても妊娠率は高くならないという研究報告もなされています。

つまり、妊娠の成立には、性交の「タイミング」よりも、「数」がより重要だというわけで、もしも、妊活の第一歩が「タイミング」をあわせることだと信じているのであれば、今すぐ、「回数を増やす」ことに修正するほうが有利になると言えるわけです。

また、不妊治療ではタイミング指導を受けても妊娠しなかったら人工授精、そして、それでも妊娠しなかったら体外受精という治療方針が一般的ですが、それも多少の修正が必要かもしれません。

なぜなら、ステップアップの適切な時期は、そもそも、海外の研究成果をベースにされているからです。

欧米のカップルと日本人カップルの性交回数の違いを考えると、不妊治療のスタートはタイミング指導ではなく、性交すること、あるいは、性交回数を増やすことになるはずです

端的に言えば、それまでよりも性交回数を増やして、それでも妊娠に至らなかったら、タイミング指導に移行するというように、タイミング指導の前に、たくさん性交するというステップを設けるべきなのかもしれません。

そうなると、人工授精という治療法の目的も、幾分、変わってきて、どうしても性交できない、あるいは、性交回数を増やせない場合の治療法という意味合いが大きくなってきます。

そのステップをおろそかにして、単に年齢が高いとか、AMHが低いからというだけの理由で体外受精や顕微授精に進むのは自然妊娠のチャンスを自ら放棄してしまい、不要な治療を受けることになってしまいかねません。

このように、妊活の第一歩は性交のタイミングをあわせることではなく、性交の回数を増やすことであるということを、まずは、お伝えしておきたいと思います。

もう1つ、もしも、人工授精や体外受精、顕微授精にステップアップし、妊娠を目指すようになり、性交回数が減った、あるいは、性交しなくなったというカップルがいらっしゃったら、ここでも、とてももったいないことになっている可能性があります。

なぜなら、性交は女性の子宮内の着床環境を整える働きがあるからです。

体外受精の移植日前後の性交と妊娠率を調べた研究があります(2)。478周期の体外受精の1343個の胚移植で、移植時期の性交の有無による治療成績を比較したところ妊娠に至った胚の割合は移植時期に性交があったほうが高かったといいます。

もう1つ、性交や精液の注入と妊娠率の関係を調べたメタ解析(過去の複数の研究のデータを収集、統合し、統計的方法による解析)があります(3)。

トータルで7つの無作為比較対象試験(被験者総数2,204名)では、性交があった、もしくは、精液を注入したカップルのほうが妊娠の確率が23%高かったとのこと。

精液は女性の生殖器官で着床に有利な免疫的働きを促すスイッチをオンにするのではないかと考えられているようです。

また、性交そのものが着床環境を免疫的に整えるように促すというメカニズムも指摘されていて、そのことを確かめた研究があります(4)。30名の女性に、月経サイクル中の月経期、卵胞期、排卵期、黄体期の4回、唾液を提供してもらい、唾液中の生殖ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)や2種類のヘルパーT細胞(Th1、Th2)が放出するサイトカイン(IFN-γ、IL-4)を測定し、それぞれの値の月経サイクル内の変動と性交との関係を解析しています。

その結果、性交のあった女性では、黄体期に妊娠に有利に働くサイトカインが優勢でしたが、性交のなかった女性ではみられなかったとのこと。

結果はコンドームの使用の有無に影響を受けなかったことから、性交そのものが、月経周期中の免疫反応が妊娠に有利に働くと考えられています。

いかがでしょうか?

私たちは不妊治療の治療成績に目が行きがちです。

ところが、妊娠、出産したのは人間であり、それは人間に備わった妊娠する働きなのです。

もちろん、自分たちにふさわしい治療を選択することはとても大切なことには違いありません。

ただし、生殖補助医療は、あくまでも、カップルの妊娠しようとする身体の働きを「補助」し、サポートするものであって、妊娠させてくれるものではありません。

体外受精全盛の時代と言われる現代においてこそ、最適な補助を受けることもさることながら、妊娠しようとする身体の働きを高めること、すなわち、性交する、性交回数を多くすることにも、バランスよく取り組むべきではないでしょうか。

身体へのレスペクトを忘れてはならないように思えてなりません。

■文献
1)Fertil Steril. 2017;107: 52-58.
2)Hum Reprod. 2000; 15: 2653
3)Hum Reprod Update. 2015; 21: 275
4)Fertil Steril 2014;104:1513