治療方針を決めるための3つのよりどころ

2010年11月10日

不妊治療方針について、8月28日~29日の2日間、横浜で開催された「産婦人科臨床懇話会セミナー不妊治療2010」というドクター向けのセミナーで、梅ヶ丘産婦人科院長の辰巳賢一先生が講演された内容をベースにお送りしたいと思います。

辰巳先生には、妊娠しやすいカラダづくりのサイトのQ&Aにおいて、医学的な観点から監修いただいております。

梅ヶ丘産婦人科では、もちろん、最先端の生殖医療も実施されていらっしゃいますが、「それぞれの患者さんの必要最低限の治療で妊娠を成立させること」を基本方針に、一般不妊治療(人工授精までの不妊治療)において、高い治療成績をあげていらっしゃいます。

★不妊治療の治療方針について

不妊治療を受けるとなった場合、もしも、不妊の原因がはっきりしていれば、治療方針は明解で、原因を治療することになります。

ところが、不妊の原因がはっきりしない場合、あるいは、不妊の原因と考えられるものを治療しても、なかなか、妊娠に至らない場合、どんな治療を受けるべきか、すなわち、治療方針を決めるのは簡単なことではありません。

原因がはっきりしないわけですから、妊娠を目指すという目的は同じでも、アプローチの仕方は、いろいろな方法があるからです。

何もしないという方法もありますし、もっと精度の高い検査を受けてみるという方法もあります。また、排卵する卵子の数を増やしたり、卵子と精子を近づけることで、妊娠の確率を高める方法もあります。

★治療方針を決めるための3つの拠り所

それでは、原因がはっきりしない場合、何をよりどころにして、治療方針を決めればいいのでしょうか?

治療方針のスタンダードである"ステップアップ方式"と"ふたりの考え方"、そして、"母親になる女性の年齢"の3つです。

(1)ステップアップ方式

必要最小限の治療で妊娠を目指すための治療方針がステップアップ方式です。

▼梅ヶ丘産婦人科におけるステップ別治療回数

・タイミング指導(半年)
     ↓
・自然周期人工授精(約5回)
     ↓
・排卵誘発+人工授精(約3回)
     ↓
・体外受精

▼平成19~20年の2年間に妊娠が成立した1480周期の治療内容

・タイミング指導  44%
・人工授精     21%
・高度生殖補助医療 34%

タイミング指導による妊娠は治療に先だって実施される基本検査の中の子宮卵管造影検査による卵管の通りをよくする治療効果によるものも大きいと考えられます。

(2)ふたりの考え方

不妊治療の方針を決定される際に最も優先されるべきは、カップルの考え方で、どんな治療を、どこまで受けるのかを決めるのは治療を受けるカップルです。

たとえば、人工授精までは受けたいけれども、体外受精は考えられない、あるいは、人工授精も受けたくないなど、それぞれのカップルにとって理想とする不妊治療は異なるものです。

そのためには、それぞれの考え方や価値観について、よく話し合い、自分たちにとって最もふさわしい治療方針を決めるためい、ふたりの考え方をすり合わせることが大切です。

(3)母親になる女性の年齢別治療方針

妊娠する力に最も影響を及ぼすのは母親になる女性の年齢で、年齢が高くなればなるほど、妊娠するまでに時間がかかるようになります。

そのため女性の年齢別の治療方針が必要になります。

▼年齢について知っておきたい事実

◎妊娠したカップルの年齢別妊娠方法の推移について

梅ヶ丘産婦人科における妊娠例では、年齢別の妊娠方法の推移は、年齢が高くになるにつれて、体外受精でしか妊娠できなかったカップルが増加していく傾向がみられます。

そして、35歳から40歳にかけて、その割合の増え方が急になり、40歳を超えると、増加傾向はみられなくなります。

◎年齢と高度生殖医療の採卵あたりの妊娠率・出産率について

高度生殖医療の妊娠率は、年齢とともに徐々に低下していきます。そして、37歳からはその低下のスピードが急に早くなります。

◎不妊治療の公式について

不妊治療の周期あたりの妊娠率 = 年齢係数 × 治療法固有の妊娠確率

不妊治療の周期あたりの妊娠率は、年齢係数に治療法固有の妊娠率をかけたもので算出できます。

年齢係数とは、妊娠できる力のある卵子が排卵する確率で、25歳が1とすると、38歳で0.5、そして、46歳でほぼゼロになります。

また、治療法固有の妊娠率は体外受精で40%、人工授精で10%、自然な性交で5%です。

▼35歳までの不妊治療方針

・妊娠例の75%以上は一般不妊治療による妊娠
・高度生殖補助医療を1年延ばしてい妊娠率の低下は軽度

「一般不妊治療に時間をかけて良い」

ただし、「若い=よい卵子」にもかかわらず、妊娠しないのは、何らかの大きな不妊原因(卵子と精子が出会えていない)がある可能性もあるので、適当な時期に高度生殖補助医療に移ることも必要です。

▼36~39歳の不妊治療方針

・妊娠例の高度生殖補助医療による妊娠の割合が急に増加する
・高度生殖医療を1年後に延ばすと、妊娠率がかなり低下する

「早めに高度生殖医療に移行するべき」

ピックアップ障害や受精障害など、検査で把握できない、高度生殖補助医療でしか妊娠できない不妊原因が存在する場合、体外受精への移行を延ばすことは、取り返しのつかない事態を招かないとも限りません。

▼40歳以上の不妊治療方針

・高齢になると治療法固有の妊娠率よりよい卵子にあたる確率が優先される
・40歳以上だからといって体外受精でしか妊娠できないわけではない

「高度生殖補助医療がとても有効な手段とは言えなくなる」

「すべての周期に治療法にこだわらずに妊娠のトライをする」

たまたま、良い卵子が排卵された周期にチャンスがあるよう、すべての周期に、タイミング指導や人工授精などの妊娠のトライをすることが大切になってきます。
 
▼男性の年齢について

父親になる男性でも35歳を過ぎると精液所見が低下しますが、妊娠させる力が明らかに低下するのは50代になってからです。

★ドクターと患者に求められるものとは?

最後に是非とも知っておいてほしいことは、不妊治療方針は、ドクターや施設によって、ずいぶん異なるということです。

ここにご紹介した方針は、私たちは、ゴールドスタンダード、つまり、現在、考えられうる最も理想的な治療方針だと思っていますが、異なる考え方をされる方々もいらっしゃるというわけです。

特に、体外受精が普及した、ここ数年で、それが顕著になってきたように思えてなりません。

具体的に言いますと、原因不明不妊において、早い段階で体外受精にステップアップすることを勧めるドクターや施設が増えてきたということです。

もちろん、早く妊娠できることに越したことはありませんが、もう少し、一般不妊治療や人工授精で様子をみれば、妊娠できる可能性が十分にある場合段階でステップアップするということは、不要な高度生殖医療が施されることになり、不要なコストやリスクを払うことになってしまいます。

ですから、ドクターに求められるのは、高い技術もさることながら、それぞれの患者さんにとって、最適なステップアップのタイミングを提案できる力だと思います。

そして、患者側に求められるのは、自分たちの希望や考え方に近いクリニックを予め選ぶということでしょう。

★最後に

決して、単純ではないテーマを、ダイジェスト的に伝えたので、どこまでお伝えできたのか、少々、不安です。

可能であれば、妊カラのバックナンバーも参考にていただければと思います。

不妊治療は他の病気やけがの治療とは異なり、全治何カ月なんてことが言えません。

不妊症と診断されても、すぐに妊娠できることもあれば、予想だにしなかったくらい長引くケースも、決して、珍しいことではありません。

さらに、長く頑張ったからといって、必ず、妊娠できるという保障もありません。

だからこそ、後々、後悔しないことが大切だと思います。

そのために、二人で話し合い、考えを整理して、自分たちにふさわしい答えを出す上での参考になれば、とても嬉しく思います。