体外受精の前に男性がやっておきたいこと、やるべきこと

2014年03月03日

体外受精は費用も身体への負担も大きい治療です。当然、少ない回数で妊娠を目指したいものです。そのため、「体外受精に臨むにあたって、カラダの状態を整えておきたい」と考える方が多いのもうなずけることです。

ただし、それは、女性だけでなく、男性も一緒に取り組んでこそ、意味のあることなのです。なぜなら、治療成績やその後の成育状況は、卵子の状態だけでなく、精子の状態からも影響を受けるからです。そして、卵子と精子のなりたちの違いを考えると、どちらかと言えば、男性のほうが「取り組みがい」があると言えます。

そこで、今月は「体外受精の前に男性がやっておきたいこと、やるべきこと」について特集しました。

卵子と精子のなりたちの違い

女性の場合、本人が生れた時点で、既に、卵巣内に卵子のもとになる細胞がすべて存在していて、新たにつくられることはありません。

そのため、女性が年齢を重ねていくと、その細胞も一緒に年をとり(古くなり)、老化が進んでいきます。

それに対して、男性の場合、精巣内で精子のもとになる細胞から思春期以降、毎日、フレッシュな精子がつくり続けられています。

そのため、その時々で、さまざまなものやことの影響を受けて、精子の質は低下しますが、それらの影響を取り除くことで、改善することが出来るのです。

つまり、卵子の質は逆転出来ませんが、精子の質は逆転出来るのです。

ですから、体外受精に臨むにあたって、精子の状態をよくすることに取り組まない手はありません。

精液検査だけではわからない男性の「妊娠させる力」

ここまで読まれて、自分(パートナー)の精液検査では問題なかったので、「他人事」のように思われている方がいらっしゃるかもしれません。

ところが、男性の妊娠させる力は、精液検査だけでは知ることが出来ないということを知っておくべきです。

精液検査で明らかになるのは、「数や運動性、形」などですが、それらは、精子の質を知る手がかりの一つにしか過ぎません。

つまり、もちろん、精子の質の低下は、数や運動性、形に反映されることもあれば、反映されないこともあるのです。

数や運動性、形態以外にも、DNAの断片化率(損傷度)などの遺伝子の問題や受精の際に必要とされる酵素放出などの生化学的な要因などにも左右されるのです。

そして、それらは、時にはオーバーラップし、時には個別に起こります。

ですから、精液検査で問題なあっても、なくても、体外受精の前に精子の状態をよくしておくことで、治療成績の向上やお子さんの健康に寄与することが出来るのです。

やっておきたいこと、やるべきこと

体外受精が普及することで、それまでブラックボックスであった妊娠成立のメカニズムが次第に明らかになってきましたが、どんな要因が、どの程度、精子の質に影響を及ぼし、治療成績を左右しているのか、そして、それらはセルフケアや治療することで「逆転できる」ということが、2005年頃には男性不妊を専門とする泌尿器科医の間ではコンセンサスが形成されたように思います。

以下にこれまで臨床試験で確かめられている、体外受精の前に男性が「やっておきたい、やっておくべきこと」を挙げていきたいと思います。

■生活習慣

◎タバコ

タバコを吸っている男性は禁煙すべきです。

パートナーの男性が喫煙している女性は、パートナーの男性がタバコを吸っていない女性に比べて、体外受精で2.65倍、顕微授精で2.95倍、妊娠に至らないと報告されています。また、初期流産のリスクが77%高いとの報告もあります。

当然、喫煙期間や本数にもよりますが、禁煙後3ヶ月で、ある程度、改善さることがわかっています。

◎アルコール

お酒はほどほどにすべきです。

お酒に強い弱いがあるようにアルコールの影響には個人差が大きいものの、大量の飲酒は精巣の精子をつくる働きを弱めてしまうことが知られています。

アルコールの過剰摂取が原因で精子の質が低下していた場合、禁酒後3ヶ月で元に戻ることがわかっています。

◎熱

精巣を過度にあたためると精子をつくる働きが低下するおそれがあります。

熱いお風呂に長くつかったり、サウナ浴、肌にフットした下着、長時間同じ姿勢で座ることは精巣の温度を上昇させ、精子の質を低下させてしまうおそれがあります。

精巣周辺の温度上昇を避けることで精子をつくる働きが正常化することが知られています。

◎自転車

長時間のスポーツサイクリングは精子の質が悪化するおそれがあります。

一週間に5時間以上のスポーツサイクリングは精子濃度や運動率の減少や低下のリスクが2倍弱になるとの報告があります。

サイクリングをやめることで元に戻るとされていますので、スポーツサイクリングが趣味の男性は、体外受精に臨む際には、いったん、控えるのが無難なようです。

◎禁欲期間

禁欲期間が短いほどフレッシュな精子の割合が高まり、精子の質がよくなります。

体外受精の採精の前は禁欲期間が長くなることを避け、マスターベーションを含めても週に3回以上射精することが望ましいとされています。

■食習慣

◎肥満

肥満はテストステロン(男性ホルモン)レベルを低下させ、精巣周辺の温度上昇、勃起不全のリスクを高めるなど、男性の妊娠させる力を低下させてしまう大きなリスク要因です。

14週間の減量によって、精液所見が改善され、自然妊娠の確率が高くなったとの報告があります。

◎サプリメント(栄養補充)

男性パートナーのサプリメント摂取と体外受精や顕微授精の妊娠率や出産率についての臨床試験報告はこれまで多数なされています。

改善効果が認められている成分は、コエンザイムQ10やビタミンC、ビタミンE、セレン、亜鉛、Lカルニチン、そして、オメガ3脂肪酸などです。

体外受精に臨む3ヶ月前を目安にはじめるのが賢明です。

◎食生活

食生活パターンと男性の精子の質との関係は密接です。

色の濃い野菜やトマト、魚や鶏肉、、豆類、そして、全粒穀物などをバランスよく食べることが精子の質に重要です。また、トランス脂肪酸や動物性脂肪は精子の質の低下に、オメガ3脂肪酸やオリーブオイルは精子の質の向上に関連するとの報告が多数なされています。

■環境

◎重金属

カドミウムや水銀、鉛、ヒ素などの重金属は男性不妊に関連するとの報告が多数なされています。

職業的に暴露のリスクが高いような特殊な場合は別として、適度な運動や食物繊維の豊富な食生活で排泄能力を維持することで十分です。

◎薬剤

常用している医薬品によって精子の質の低下のおそれのあるものがあります。たとえば、プロペシア(フィナステリド)などの男性型脱毛症治療薬や抗うつ剤などです。

常用しているお薬がある場合、念のため処方された医師に確認されるのがよいでしょう。

ふたりで取り組む

精子の質に影響を及ぼすと考えられる生活習慣や食生活、環境要因は、ほとんどのケースで、セルフケアや治療などで改善すると、3ヶ月程度で元の戻るとされています。

つまり、体外受精を開始する3ヶ月前を目安に、取り組むことがポイントになります。

特に、禁煙すること、禁欲期間を短くすること(頻繁に射精すること)、抗酸化サプリメント、また、薬剤の服用中止などは、研究報告が蓄積されています。

いずれも、その気になれば簡単に取り組めることばかりです。

その結果、必要な治療が不要になったり、必要な治療の回数が減ったり、必要な治療のレベルが下げることが出来たりするかもしれません。

つまり、パートナーへの肉体的、精神的負担、経済的負担が軽くなり、早く妊娠に至ることが出来るかもしれないということです。

それよりも、なによりも、ふたりで一緒に新しい家族を迎えるという姿勢や思いこそが、最も大切なことのように思います。

[文献]

Can Male Fertility Be Improved Prior to Assisted Reproduction through The Control of Uncommonly Considered Factor?
Daniel M. Campagne
Royal Institute International Jurnal Fertility and Sterility. 2013; 6(4); 214-223