精液検査の結果はどう受け止めるべきか?

2009年08月27日

Yさんから妊娠報告の連絡をいただきました。Yさんは30歳、同い年のご夫婦で、避妊をやめて1年経っても授からないことから検査を受けたところ、Yさんは特に問題なかったものの、ご主人の精液検査の結果が思わしくなく、ドクターは、すぐに、顕微授精を受けることを勧められたとのこと。そして、最初の胚移植では妊娠しなかったのに、その後の治療のなかった周期に、自然妊娠されたというのです。

同様に、ご主人が男性不妊と診断され、顕微授精でお子さんを授かったIさんから、二人目のお子さんは自然に授かったとの連絡をいただいていました。

これらのエピソードは、たとえ、精液検査で数値的に悪い結果が出たとしても、母親になる女性の年齢がそれほど高くなく、また、精液中に精子がまったくいないというような状態でなければ、すぐに高度な治療にステップアップしなくても、しばらく、タイミング法や人工授精など、自然に近い方法で妊娠を期待してみるという選択肢もあるということを、教えてくれているように思います。

そこで、今週は、精液検査の結果について、どのように受け止めればいいのかを考えてみたいと思います。

精液検査について知っておきたいこと

女性に対しての基本的な不妊検査はいろいろありますが、男性に対してのそれは精液検査だけで済みます。男性不妊の原因のほとんどは精子にまつわるものだからです。

それでは、精液検査では何を調べるのでしょうか?WHOマニュアルの主な検査項目と基準値は以下の通りになっています。

  • 精液量     2.0ミリリットル以上
  • 精子濃度    1ミリリットルあたり2000万個以上
  • 精子運動率   50%以上(高速直進精子25%)以上
  • 精子正常形態率 15%以上

精液検査の結果、これらの基準をすべてクリアすれば正常とされます。

相対的な不妊原因と絶対的な不妊原因がある

さて、精子濃度の基準値を下回れば「乏精子症」、精子運動率が基準値を下回れば「精子無力症」、精子正常形態率の場合は「奇形精子症」とよばれます。

そして、精液中に1個の精子もいない場合は「無精子症」と診断されます。

基準値を下回った場合でも、乏精子症や精子無力症、奇形精子症の場合は、自然妊娠の可能性がありますが、無精子症の場合はその可能性はゼロです。

乏精子症・精子無力症・奇形精子症と無精子症とでは、精液中に精子があるかないか、その差はとてつもなく大きいということです。

1回の精液検査の結果だけで判断できない

日本泌尿器科学会のガイドラインによりますと、禁欲期間を2日以上7日以内としています。これは、禁欲期間が長くなると精子濃度が高くなるからです。また、診断のためには、2~3回の検査を実施すべきとしています。1ヶ月以内に2回行い、2回の結果に大きな違いがある場合は、さらに、3回目の検査を行うとしています。2回の場合は平均値を、3回以上検査を行った場合には中央値を採用しなさいとしているのです。

これは、男性の精液の状態はその時々で大きく変動するからです。

たとえば、国際医療福祉大学の岩本教授らのグループが、20~22歳の男性4名を対象に、1年間に渡って、毎月1回精液検査を行っています。その時々の精子濃度は大きく変動しており、4名のうち3名は12回の検査のうち1回以上、精子濃度の基準値を下回っていたというのですから驚くべき結果です。グラフはこちら(※1)。

さらに、採取場所についても言及しています。それは、1時間以内に持参可能なところで採取する、もしも、1時間以内に持参できない場合は施設(病院)内で採取するとして、プライバシーを遵守し、精液採取室の整備とその環境条件を整えることが望ましいとしています。つまり、精液検査はマスタベーションで採取した精液を調べるのですが、採取する場所の環境も精液の状態に影響を及ぼすということです。

たとえば、精液の採取を自宅で行った場合と、病院の採精室で行った場合の結果を比較すると、自宅で採取した精液のほうが状態が良好だったといいます。

いかがでしょうか?精液検査の結果って、絶対的なものではないことが、分かっていただけましたでしょうか?

1回の精液検査の結果だけでは判断するのは早計だということです。

精液検査の結果だけでは判断できない

さて、そもそも、精液検査というものは、血液検査のように通常の健康診断で受ける一般的な検査ではありません。お子さんを望んでいるにもかかわらず、なかなか授からないとなって、はじめて、受ける検査なわけです。

つまり、実際にお子さんを授かったカップルのパートナーの精液の状態を、一々、チェックしているわけではないということです。

ですから、前述の通り、精液検査では、それぞれの項目で基準値が設定されていますが、あくまでも目安にしか過ぎません。基準値を下回っていても自然妊娠することは普通にあるわけです。

本当のところは、どうなっているのか、気になるところです。

そこで、妊娠したカップルの男性の精液検査の結果を、みてみることにしましょう。

現在、国際医療福祉大学教授の岩本晃明先生が、聖マリアンナ医科大学教授時代に実施した調査があります。川崎、横浜の自然妊娠した女性のパートナーの男性、255名の精液を採取し、精液検査を実施しています。

まずは、精子濃度は、1ミリリットルあたり最低が500万個、最高が8億1800万個で、平均は1億700万個、精子運動率は、最低が28%、最高が72.5%で、平均は56.8%だったとのこと。

精子濃度でWHOの基準値を下回る乏精子症の男性は、全体の10%にあたる26名います。また、精子濃度も精子運動率も、ともに基準値を下回る、乏精子、精子無力症の男性は5%だったとしています。

いかがでしょうか?

たとえ精液検査の結果、乏精子症、精子無力症と診断されても、自然妊娠できる可能性はあるのです。

精液検査の結果だけで、その男性の妊娠させる力を測ることはできないということです。

精液検査の結果が思わしくなかったときの治療方針

さて、それでは、精液検査について正しく理解したところで、実際に、精液検査の結果、思わしくない数値が出たとき、どのような治療方針で臨むのがいいのでしょうか。

つまり、無精子症などの絶対的な男性不妊ではなく、乏精子症や精子無力症など、相対的な男性不妊と診断された場合の治療方針を考えてみましょう。

ただし、遺伝的に精子をつくる機能が低下していたり、精索静脈瘤などがなく、いわゆる原因不明の乏精子症や精子無力症の場合とします。

自然妊娠が期待できる精子濃度と精子運動率の目安として

たとえ、乏精子症、精子無力症と診断されても、すぐに、人工授精や体外受精、顕微授精を受けなければ、妊娠できないわけではありません。

これまでの文献によりますと、精子濃度が1ミリリットルあたり500万個、そして、精子運動率が8.5%あれば、自然妊娠の可能性があると考えてよいようです。

つまり、精子濃度で500万個、運動率で8.5%以上であれば、まずは、タイミング法で自然妊娠を目指す選択肢も現実的だということです。

人工授精が期待できる精子濃度と精子運動率の目安として

当然、人工授精が期待できる数値はもう少し範囲が広がります。精子濃度が1ミリリットルあたり460万個、そして、精子運動率が7%あれば、人工授精で妊娠できる可能性があると考えてよいようです。

もちろん、精液の状態はその時々で変動するものですし、パートナーの女性の状態とのマッチングという要素もあります。いずれにしても、男性の精液の状態は妊娠の成立を左右する多くの要因の一つです。

タイミング法でスタートしても、すぐに人工授精でスタートしても、ある程度の期間を設けて様子をみる必要があります。

そして、同じ治療を一定期間以上繰り返しても妊娠しない場合は、より高度な治療にステップアップすることを検討する必要があります。

男性にとっても大切な妊娠しやすいカラダづくり

男性の妊娠させる力はその時々で変動するものであり、また、精液検査で測ることのできる要因以外にも、男性の妊娠させる力を決定する要因が存在するということを、理解することが大切です。

ですから、たとえ、乏精子症や精子無力症と診断されても、悲観し続けることなく、じっくりと取り組んでいくことが大切だということだと思います。

ただし、私たちは、すぐに、体外受精や顕微授精を受ける選択肢を、否定しているわけでは、決して、ありません。精液検査の結果が悪かったからといって、すぐに高度な治療を受けなければ妊娠できないわけではないこと、また、さまざまな、現実的な選択肢があるということを、男性の妊娠させる力について正しく認識することを通して、知っていただきたいのです。

確実に、精子の数を増やしたり、運動率を高める、そんな特効薬は、残念ながら、存在しません。それは、とりもなおさず、精子の状態を決定するものは、ストレスのようなメンタル面の影響も含めて、決して、単純なメカニズムで成り立っているわけではないということに、他なりません。

だからといって、なすすべがないわけではありません。

禁煙することや深酒しないこと、十分な睡眠をとること、バランスのよい食生活で抗酸化物質を豊富に取り込むこと、抗酸化剤やL-カルニチン、リコピンなどの栄養成分を、サプリメントで補充すること、下半身を長時間、高温にさらさないこと、さらに、大切なストレスマネージメント等、精子の質を高めるために取り組む価値のあることも、これまでの研究で分かっています。

つまり、どんな治療方針を採用するにしても、男性のとっても、妊娠しやすいカラダづくりという発想と取り組みが、大切だということではないでしょうか?

[文献]

  • 男性不妊症の臨床 P.54 メジカルレビュー
  • 妊婦のパートナーを対象とした日本人正常男性の生殖機能に関する調査研究
  • 男性不妊に薬物療法は有効か? 臨婦産 62巻4号 492-497
  • 男性不妊症へのアプローチ 産婦人科の実際51 189-196
  • AIHへのアプローチ 産婦人科の実際51 205-213

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