編集長コラム

細川 忠宏

言葉に惑わされないために

2012年03月11日

不妊治療クリニックのサイトをみていると、"身体にやさしい"とか、"心にやさしい"治療というフレーズをよくみかるようになりました。

一見、印象がいいのですが、具体的にどんな治療なのか、よくよく考えてみると、いろいろな解釈が出来ます。

肉体的にも、精神的にも負担にならないようなケアを心がけているということなのかもしれません。

あるいは、負担の軽い治療しかしない(出来ない)ということなのかもしれません。

そうではなくて、いろいろな治療はやる(出来る)けれども、方針として、負担の軽い方法で妊娠を目指すということなのかもしれません。

うがった見方をすれば、治療方針や治療内容に関係なく、単に、丁寧な対応を心がけているということをアピールしているだけなのかもしれません。

もちろん、丁寧に対応してもらえるに越したことはないでしょうし、副作用や痛みのない治療に越したことはないでしょう。

ただ、この"やさしい"という形容詞は時としてくせものです。

不妊治療を受ける者にとって、一番の関心事は、"やさしいかどうか"ということよりも、"妊娠できるかどうか"のはずです。

つまり、治療方法を選択するときに最も大切なのは、その患者に効果的な治療かどうかであって、やさしい治療かどうかはあくまでその次の問題だからです。

いくら負担のかからない治療であっても、その患者に効果的でなければ治療を受ける意味がありません。

そのためにやさしいかどうかだけで判断すると結局は、妊娠できない、或いは、妊娠までに長い期間がかかってしまうという、全くやさしくない結果に終わってしまわないとも限りません。

特に、この1年、皆さんからのご相談に接していて思うことです。

くれぐれも誤解しないでいただきたいのは、"身体にやさしい"とか、"心にやさしい"かどうかなんてどうでもいいと言いたいわけでもありませんし、そのような説明をしているクリニックはよくないと言いたいわけでも、決して、ありません。

負担の軽い方法で妊娠を目指すことや心身に負担のかからない治療環境は、とても大切だと思っています。

そうではなくて、クリニックや治療方法を、やさしいかどうかという情緒的な雰囲気だけで判断するのは考えものだということを言いたいだけです。

身体や心にやさしいというのは、何が、どう、やさしいのか、また、やさしくする目的はなんなのかということについて、論理的に解釈し直すことが大切です。

その上で、自分たちにふさわしい方法かどうかを検討すべきだと思うのです。

出来るだけ自然に近い方法で妊娠を目指すという治療方針は十分にあり得ますし、賛同できるのですが、そもそも、自然妊娠が難しいから治療を受けるわけですから、自然に近い方法で妊娠を目指すには限界があるわけです。

また、"やさしい"には、「優しい」の他に、「易しい」もあって、負担がかからないというだけでなく、簡単に出来るという意味もあります。

高度な治療ほど、治療効果は高くなりますが、同時に副作用のリスクも大きくなるものです。

副作用があるからその治療を避けるのではなく、必要と考えられるのであれば副作用のリスクがあっても、出来るだけそれを軽減させるような治療技術こそを求めるべきでしょう。

一方で、"卵にやさしい"という治療方針を掲げているクリニックがあります。

こちらは、比較的、明解なように思います。

体外受精や顕微授精などの高度な治療では、卵をいったん体外に採りだして、培養し、そして、体内に戻すわけで、卵にとっては大変なストレスになるはずです。

人間で言えば、宇宙空間に出ていくに等しい状態なわけです。

であればこそ、卵にやさしい環境を整えることこそが新しい生命の健全な成育には最も重要な条件であるはずです。

また、体外受精だけに限ったことではありません。

体内受精である自然妊娠や人工授精においても、私たちの体内を卵にやさしい環境に整えるべく、健康な生活を心がけること、すなわち、妊娠しやすいカラダづくりが大切なんだなあと、あらためて思った次第です。