自分たちらしい選択とは?
2006/3/20
 

アメリカのサウスダコタ州で、
先月、人工妊娠中絶を全面的に禁止する法案が州議会で可決され、
知事が署名すれば、7月1日より州法として成立する見込みとのこと。

そもそも、人工中絶問題は、日本では全く問題になりませんが、
アメリカでは、毎度、大統領選挙の争点になるほど、大きな政治問題です。

そうかと思えば、この国では、生殖医療に関しては、 ほぼ、フリーで、
卵子や胚の提供、代理母等、何の規制もありません。

なんとも、日本とは、全く正反対です。

それにしても、こと、生殖関連技術の利用については、
まさに、“所かわれば”で、それぞれの国によって相当な違いがあります。

オーストラリアは、アメリカ同様、ほぼフリーですが、
イスラム諸国では精子の提供さえ禁止しており生殖医療には否定的です。
ヨーロッパ諸国は、日本とは異なり、
国家レベルで、積極的に関与し、さまざまな法的規制があります。

その代わり、スウェーデンやノルウェイ、デンマークでは、
単一胚移植(移植する胚を1個にする)に限り、保険が適用され、
ドイツやフランスでも、4回の体外受精までは保険が適用されます。

カソリックの影響からか、イタリアは厳しくて、
1回の体外受精で3個以上受精卵をつくることは禁止、
そして、得られた受精卵は、全て子宮に戻さなければなりません。
また、胚の凍結は禁止されており、凍結してもよいのは未受精卵だけです。

余分な胚をつくって、凍結してはいけないということで、
ある価値観が伝わってはきます。

挙げていけば、キリがありませんが、
国や地域によって、 どれくらい子供を欲しているのか(少子化対策等の人口政策)、
或いは、歴史や文化、宗教等を反映した価値観は本当に異なります。

ですから、国民の幸福な生活の実現のために、
国家として生殖をどのように考えるのかは、異なって当然であって、
決して、正解など、存在しません。

このことは、不妊に悩む1組の夫婦にとっても全く同じだと思うのです。

不妊治療を受けるのか、受けないのか、
そして、受けるとしたら、いつ、どのようにスタートするのか、
また、どこまでの治療をどのくらいの回数受けるのか、
全てが初めての経験で、よく分からないこと、戸惑うことばかりですね。

そして、いったん、決めても、 自分たちの決断が正しかったのかどうか、
不安に感じたりもします。

でも、大切なことは、選択の際に、 自分たちは、“何を基準とするのか”、
そして、“何が譲れて、何が譲れないのか”を二人で確かめあうことです。

子供や家族について、どんなふうに考えるのか、
もっと言うと、二人はどんな生活や生き方を望み、幸福と感じるのか、
この機会に、そんなことなども話し合ってみるのもよいかもしれません。

そして、それは、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
二人の歴史や文化、個性を反映したものになるはずです。

ですから、正解は、決して、1つではありません。

そして、二人にとっての正解を、 外に求めるだけでなく、
内をみつめることも絶対に必要なように思います。

それこそが、“自分たちらしい選択”だと言えるのではないでしょうか。

 
     
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